童貞記
本文約1,400字 ・ 読了時間 約3分
あらすじ(AIが作成しました)
湿った仄暗い部屋で幻影に心乱される少年は、月光の森で自己の存在の空虚を痛感し、何かを掴まねばという不安に駆られる。やがて彼は、歩道を歩く少女・S子への思慕を抱く。決して交わることのない処女と童貞という二本の平行線を、声に出して呼びかけることで断ち切ろうと決意するが、言葉はただの咳となって空しく消えていく。孤独と渇望の間で、少年が少女との距離を縮めようと葛藤する内面世界を描く。
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部屋の中で
はかなくうら悲しい日が続く。万象を浮せる一切の光線は湿つて仄暗い。夕闇のやうに沈んだ少年の眼は空間にゆらぐ幽かな光線を視つめる。空気に映つた光線は静かに一つの映像を刻んで行く。光線は盛り上り広まり伸びて鮮明な像を少年の眼に映す。少年の眼はやがて閉されて心に映つた幻像の動きに見惚れる。じつと、じいつと視つめる少年の心が宙に浮き上つて空間をさまよふ。われを忘れんとした間髪、少年の眼はうるんで、ほろりと落ちる。数葉の枯葉のひとつひとつが、きらりと光つた露となつて眼に映る。切なげな溜息の一つが不意に出る。溜息が薄白く丸まつて又しても新しき像を築く。首を振つて幻を消さんとする努力も空しい。溜息は再び少年の口中にせり上つて来る。三度の溜息が口に上つた時少年は立ちあがつて歩き始める。
月光を浴びたる森の下で
月光を浴びたる森の下に少年は佇む。蒼白く動かぬ少年の下駄先に森を割いた光りの一條が影を宿す。内に映つた椎の葉影が微風にゆれる。葉影は生を装つて地面を這ふ。腕を伸ばして少年は葉影の一枚を拾ひ取らうとする。影は巧みに少年の指にもつれて逃れる。逃してならぬと腰を及ばせて再び掴む。影は奇怪な敏捷さを有つて少年の拳の上に乗る。拳は蒼い陰影の中に空しく顫へる。刹那少年は不安を覚えて凡ての動作を中止して息を殺す。淵のやうに深い闇を作つた森の神秘に呑まれる感じが不安を募らせる。不安は少年の心に孤独の寂しさを教へる。何かを掴まねばならぬ。何かを。あるに違ひない。あるに違ひない。それを掴まねば自分は消える。風のやうに空しく自分は空間に浮き上る。早く早く、何かを――。少年ははつきり影のやうにはかない自分を知る。瞬間少年は自分の掴まねばならぬものを心に描く。力強く、力強く、しつかり抱擁せねばならぬものを少年は識る。
月光を浴びたる歩道で