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TORENDIA

書けない原稿

本文約1,700字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

二月二十七日の雨の夜、子供について執筆することを求められた語り手が、思うように筆が進まない苦悩を綴る。癩院の子供たちへの思いを抱きつつも、自身の不甲斐なさを感じ、ドストエフスキーの作品に触れながらも葛藤する。原稿が書けないままの自己弁解と、子供の心に宿る地上の真理について、『カラマゾフの兄弟』の言葉を引用しつつ、葛藤の過程を描く随筆的性格を持つ。

北條民雄

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🎧 書けない原稿 / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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今日は二月の二十七日だ。夕方から雨が降り出して、夜になるとますます激しくなつて、机の前に坐つてゐると、びしよびしよと雨だれが聴えて来る。時々風が吹いて、どこか遠くの方で潮鳴りでもしてゐるやうな工合でひどく憂鬱だ。雨の音といふものは妙に淋しくなるもので、しかし考へをまとめるのにはなかなかいいものだ。それに僕は雨の多い国に生れたせゐか、どうも雨といふやつが好きでならない。夏の雨、冬の雨、春の雨、何時の雨でもその季節季節の味ひで頭を、まるで何か気持の良い温か味のある綿のやうなもので包んでくれる。だから雨の降る日には何時もの二倍くらゐ、ものが書ける。いや書けねばならない筈なのだ。

ところが、今夜はどうだらう、丸で書けないのだ。子供といふものは僕は元来好きだし、はね廻つたり、悪戯をしたり、小さな、(二字空白)のやうな唇で生意気な大人のやうな口を利いたりするのを見ると、もう堪らなくなるくらゐだ。それだのに、何といふことだ。子供のこととなると全く何も書けないのだ。光岡君から何か書けと言はれてからもうかなり日が経つし、それに締切も近いので(おまけに都合よく雨さへ降り出したので)今夜こそは書かねばなるまいと思つて机に向つた。そこまではよかつたのだが、さてなんにも書けない。僕は独語を言ふ癖がいくらかあるので、実は、さつきから雨の音を聴きながら「弱つたなあ」「弱りましたなあ」「なあんて困つたこつたか」などと呟くばかりであるといふ始末だ。

実際、子供のことは書けない。とりわけ癩院の子供たちを眼の前に浮べながら書くとなると、全くのところ弱つてしまふより他にどうしやうもないのだ。病み重つて行く、あの子供たちを前に置くと、或はまた、土地から直かに生え出して来たやうな子供達を、空から突然降つて来た天使のやうな女の子を前に置くと、どうにも大人といふものの間抜けたしやつ面ばかりが明瞭になつて来るといつたところで、僕にはいささかの皮肉もないのだ。といふのは、嘘のないところ、僕自身の阿呆面が見えるのだ。さういふ僕自身を見る時の、なんと空々しいことか。

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