TRENDIA CLASSIC

重病室日誌

北條民雄

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×月×日。

右腕の神経痛で七号病室へ入室した。空は陰気に曇つて今にも降り出しさうな夕暮である。室内は悪臭激しく、へどを吐きたくなる。送つて来てくれた舎の連中が帰つてしまふと、だんだんじつとしてゐるのが堪へられなくなる。入院した最初の日と全く同じ気持である。あの時、この入院第一日の印象は死ぬまで黒い核のやうに心の中に残るであらうと思つたのを思ひ出し、慄然とする。これは心の上にじゆッと焼きつけられた烙印のやうなものだ。

夜。腕がづきづきと疼き、どうしても眠られぬ。腕を抱へてじつと我慢する以外にはどうしやうもないのだ。このやうな時はうんうんと呻くのだけが僅かの楽しみである。呻いてゐる自分の声といふものは奇妙になつかしいものである。

×月×日。

朝、眼をさましたとたんにサッと朝日が射し込んで来た。足許の硝子戸越しに眺めると東南の空が炎のやうに真紅である。帯のやうに細長く横はつた雲が黄金色に輝きながら、幾條も重なり合つて徐々に流れ、その雲らの隙間から無数の紐になつた光線が放射されてゐる。

が、間もなく曇り出して、朝食を終る頃にはもう昨日と同じやうに陰気な、重苦しい空になつてしまつた。自分は今日まで自然の美しさといふものを味つたことはめつたにない。それどころか、何時でも自然に脅かされ、自然に虐げられ、果ては自然といふと先づ憎悪を感じて来た。だから今朝のやうな空が失はれると、あと暫くの間は重苦しく不安でならぬ。

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