続重病室日誌
本文約6,800字 ・ 読了時間 約14分
あらすじ(AIが作成しました)
重病室へ三度目の入室を果たした作者が、下痢や発熱といった病苦と向き合う日々を綴る。病院の創立記念日や見舞い、ラジオ放送の不調和に揺れ動く日常を送る中、窓辺に咲くコスモスや配られた栗に生命の輝きを見出す。病床という閉ざされた空間で、自身の衰弱を自覚しながらも、全き健康への渇望や未来への懐旧を抱き、日々の心象風景を詳細に記録する。
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九月二十四日。
お天気は良いのだが、腹工合はどうも悪い。もう三ヶ月あまり続いてゐる下痢がどうしてもとまらぬのだ。
午後女医のN先生が来診。明日九号病室へ入室なさい、と。これで重病室へ這入るのは三度目である。前は七号で神経痛だつたが、今度は胃腸病だ。胃腸病なぞばかばかしいと思つていい加減にあしらつてゐたのがいけなかつたのだ。
何にしても今年はろくな事のない年だ。正月元旦から神経痛でうんうん唸つてゐたし、その後も起きてゐる時よりも寝てゐる方が多かつた。ひよつとしたら今年のうちに息を引きとつてしまふんではあるまいかと、女医の帰つたあとで、ふと不安になつたりする。
九月二十五日。
よいお天気、涼しい風が吹いてゐる。
朝、友人たち見舞ひに来る。彼等は余程僕を食ひしんぼと思つてゐるらしく、来ると必ず「余り食ひ過ぎるからだ。」と言ふ。
入室は夕方なので女の人に頼んで虫ぼしをやつて貰ふ。重病室へ行つてしまふと当分舎へ帰ることもないので、ちやんと持物の整理をして置く必要があるのだ。
柳行李の中には赤茶けた虫が何十匹となくもそもそと這ひ廻つてゐた。
この春ナフタリンを入れなかつたし、虫も五六匹眼に見えたのだが、面倒なのでほつたらかしてあつたら、セルにも毛のシャツにも穴が幾つもあいてしまつた。ここにも生物の世界があつたのだと、その虫をぼんやりした気持で眺める。別段着物を食はれて惜しいといふ感じも起らず、かういふ虫ぼしなどしなければならぬやうな厄介なものはどうでもよいと思ふ。それにかういふ着物を着て歩くことも、自分の今後には多くないであらう。立派な着物も他所行きの服も、もう自分には用はないのである。
部屋いつぱいにぶら下つた着物の幕の下に寝ながら、そんなことを考へてみる。
夕食後入室。
舎の連中が例のやうに蒲団をかつぎ、食器を※[#「竹かんむり/瓜」、U+7B1F、303-13]に入れて運んでくれた。久しく歩いてゐなかつたので、病室までの三四丁の道が体にこたへて、気が遠くなるやうな感じがする。病室に着いてベッドの上に仰向きになると、ぐつたりとして物も言ふ気がしなくなつた。