TRENDIA CLASSIC

独語

北條民雄

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昨日MTLで「療養所文芸の発展策その他」について書いた諸氏のものも拝見し、また原田嘉悦氏の雑記をも読んでみた。

原田氏は僕の言葉を引用してあるのだが、まあそのやうなことはどうでもよいことであるかも知れない。しかしあれは「自殺志願者」に贈るために書かれたもので、おまけに僕も引つぱり出されたのであつてみれば、僕もまたあの文章を頂戴すべき一人なのであるかも知れない。もつとも、僕は頂戴はするけれども、ただ頂戴するだけだ。といふのは、ああいふ言葉といふものはなかなか立派すぎて、僕みたやうな毛の生えた虱にはなんだか服膺出来さうにもないやうな気がするのだ。僕なぞが服膺したら、多分、腹下しをするに違ひない。で、まあ僕は、おつき合ひに一つだけ微笑をしてから、そのまま原田氏にお返しして置いた方がよささうだ。

皮肉を言ふな、と誰かが言ひさうな気がするが、僕は本当のところ正直に言つてゐるのだ。正直といふものが、なんとなく皮肉に聴えるとは、なんと困つた時代にわれわれは生れ合せたものではないか。

単純、といふことが尊ばれるのは、ひよつとしたらそれが滑稽なためかも知れない。だつて単純澄明な主張といふものは、なんとなくユーモラスな美しさを持つてゐるではないか。複雑な滑稽さといふものは毛の生えた虱のやうにいやらしい。

ドストエフスキーは作中人物に自殺させるのが実に名人だ。われわれは文豪達が作中人物に自殺させる光栄を数多く見せられた。有名なところではフロオベルの『マダム・ボバリイ』、トルストイの『アンナ・カレニナ』、ドストエフスキーでは特に「キリーロフ」をあげることが出来る。また『カラマゾフ』のスメルヂャコーフもいい。

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