TRENDIA CLASSIC

発病した頃

北條民雄

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胸までつかる深い湯の中で腕を組んで、私は長い間陶然としてゐた。ひどく良い気持だつた。外は凩が吹いて寒い夜だつたが、私は温かい湯に全身を包まれてゐるので、のびのびとした心持であつた。私は結婚したばかりのまだ十八にしかならない妻のことを考へてゐたのである。春になつたら、田植時までの暇な時期を選んで彼女を東京へ連れて行つてやらう、なんにも知らない田舎娘の彼女はどんなにびつくりすることだらう、電車や自動車にまごまごするに違ひない、すると俺は彼女の腕をとつて道を横ぎる、大きなビルディングや百貨店を彼女に教へてやる、すると彼女はどんな顔をして俺を見るかしら、自分の夫が色んなことを知つてゐるといふことは女を頼もしい気持にするに違ひない――。

それからまだ色々のことを考へ耽つてゐると、

「お流ししませうか。」

何時の間にか彼女が風呂場の入口に立つて小さな声で言つた。ひどく羞しさうにおづおづした声である。下を向いてゐる。私はちよつとまごつきながら、

「うん、いや今あがらうと思つてゐるから。」

と、とつさに答へたが、実はさう言はれた瞬間、私は自分の体を彼女に見せるのが羞しくてならなかつたのだ。

彼女が行つてしまふとほつと安心し、立ちのぼる湯気の中で、どうして俺の体はこんなに貧弱なんだらう、小さな上に痩こけて、まるで骨と皮ばかりである、この骨ばつた胸や背に触つたら彼女はきつと失望してしまふに違ひない。――そんなことを考へてゐるとなんとなく情なくなつてしやうがなかつた。が、それでも私はやつぱり楽しかつたので、またさつきの空想の続きを考へるのであつた。

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