TRENDIA CLASSIC

癩院記録

北條民雄

1 / 14

入院すると、子供を除いて他は誰でも一週間乃至二週間ぐらゐを収容病室で暮さなければならない。そこで病歴が調べられたり、余病の有無などを検査されたりした後、初めて普通の病舎に移り住むのであるが、この収容病室の日々が、入院後最も暗鬱な退屈な時であらう。舎へ移つてしまふと、いよいよこれから病院生活が始まるのだといふ意識に、或る落着きと覚悟とが自ずと出来、心の置きどころも自然と定つて来るのであるが、病室にゐる間は、まだ慣れない病院の異様な光景に心は落着きを失ひ、これからどのやうな生活が待つてゐるのかといふ不安が、重苦しくのしかかつて来る。それに仕事とても無く、気のまぎらしやうもないまま寝台の上に横はつてゐなければならないので、陰気な不安のままに退屈してしまふのである。

舎へ移る前日になると附添夫がやつて来て、舎へ移つてからのことを大体教へてくれ「売店で四五十銭何か買つて行くやうに。」と注意される。その四五十銭がまあいはば入舎披露の費用となるのであつて、たいていが菓子を買つて行つてお茶の飲むのである。

その日になると附添夫が三人くらゐで手伝つてくれ、或る者は蒲団をかつぎ、或る者は茶碗や湯呑やその他の日用品を入れた目笊をかかえてぞろぞろ歩いて行くのである。さうしていよいよ癩院生活が始まるのである。

×

北條民雄の他の作品