或る秋の紫式部
本文約5,000字 ・ 読了時間 約11分
あらすじ(AIが作成しました)
京の片ほとりで『源氏物語』を執筆する紫式部は、訪れた風流な男の求愛を受け流しつつ、隣室で極楽往生を願い修行を続ける老僧の姿を眺める。美しいものへの執着と死後の安らぎを求める心の間で揺れ動く人々の心情を描き、執筆に没頭する作者自身の内面を浮き彫りにする。執筆は日常の情熱を紙の上へ昇華させる手段であり、この世の儚さと浄土への憧憬を重ね合わせる式部の姿を通じて、人間が抗えない美への思慕や孤独を映し出す。
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時
寛弘年間の或る秋
処
京の片ほとり
人
紫式部 三十一二歳
老侍女
妙な美男
西向く聖
(舞台正面、質素な西の対屋の真向き、秋草の生い茂れる庭に臨んでいる。その庭を囲んで矩形に築地垣が廻らされているが、今は崩れてほんの土台の型だけ遺っているばかりなので観覧席より正面家屋の屋内の動静を見物するのに少しも差支えない。
上手、築地垣より通路一重を距てて半、紅葉した楓の木の下に、漸く人一人の膝を入れるだけの庵室。傍に古井。
正面、対屋の建築は、紫式部の父、藤原為時の邸宅の一部であって、為時は今、地方官として赴任中、留守であるが、式部はしばらく中宮より宿下りして実家の此の部屋に逗留しているところ。几帳、棚、厨子など程よく配置されてある中で式部は机に向って書きものをしている。老侍女は縁で髪を梳きかけている。隣の庵室には上手を向いて老いさらばった老僧が眼を瞑って端座している。虫の声。)
老侍女(髪を梳き終って道具を片付けながら)「ああ、やっとこれで気持ちよくなりました。なにしろ年をとりますと禿げますせいか、頭が始終、痒ゆうございまして、時ならないときに梳き度くなるのでございます。ほんとに我儘をさせて頂いて申訳ございません。(手をついて礼をして)お蔭さまで気がせいせい致しましてございます」 式部(筆を持ったまま)「なにも、そう一々、鹿爪らしく御叩頭には及ばないよ。御殿で勤め中と違って、私宅で休暇中なのだから、まだ外に、したい事は何なりと思いつくままにするがよろしいよ」 老侍女「有難うございます、いえもう、自由にはとっくにさせて頂いておりまして、この上、そうそうは余り勿体のうございます」 (妙な美男、上手より登場、急いで、在るか無きかの築地垣の陰に屈み込む)