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TORENDIA

雑煮

本文約1,300字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

維新後の東京近郊で地主となった実家の正月の雑煮は、大釜から盛る質素なすまし汁仕立てであった。私は嫁いだ先で夫の家の習慣と対立しながらも、幼少期からのこの味を守り続ける。ある年の暮れ、山陰の名門から預けられた兄弟が我が家の雑煮を評し、山陰雑煮を紹介する。大晦日に届いた丸餅を用い、鰹節をふんだんに使った雅な雑煮を完成させる。元日の朝、清々しい陽光が差し込む座敷で、私は新しい雑煮と共に奥床しい兄弟と特別な正月を迎える。

岡本かの子

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🎧 雑煮 / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

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維新前江戸、諸大名の御用商人であつた私の實家は、維新後東京近郊の地主と變つたのちまでも、まへの遺風を墨守して居る部分があつた。

いろは順で幾十戸前が建て列ねた藏々をあづかる多くの番頭、その下の小僧、はした、また奧女中の百人近い使用人へ臨んだ主人としての態度は、今でも東京の下町の問屋あたりの老主人がかたく墨守して居るそれと變りはなかつた。正月の雜煮を當代の主人も今の召使達と一つ大釜から盛つて据えられた。主人はその膳の前に紋付の羽織の襟を正しうやうやしく座つて白木の箸を取り上げた。長坊も長孃も、次男も末娘もそれに添つて居並び主人の父親の通りにした。雜煮は中位な四角の餅の燒いたのを大根、里芋、小松菜を浮かべたすまし汁のなかへ浸したものである。あつさりとしたこの味が幼い時から舌にならされてしまつた。私達は二の膳につく鯛の吸ひものを閑却して、この雜煮を幾椀も換へた。お椀はたしか主人達だけ光琳の繪模樣のある大きな雜煮椀だつたと覺えて居る。

後年、市中に嫁いでからも、私はこの雜煮を年毎に欲しがつた。この家の主人の生家は都會であつても關西の或藩から出た祖先からのならはしは、鴫雜煮、或ひは白味噌雜煮であつた。前者は私に生嗅かつた。後者は私にしつこかつた。強性な私が勝つて主人は苦笑しながら私の欲しがるその雜煮を喰べた。やがて主人もすつかりそれに馴れた。幾年かたつた或年の暮れであつた。私達の家に山陰の名門に育てられた男の兒兄弟が預けられた。丁度學校が休みになつたので、暮れのうちから兄弟は賑かに正月の趣向を語り合つて居た。

『そんな雜煮はつまらないなあ。』

兄弟達は私の雜煮をくさすのだつた。兄弟達は私の不服を淡白な笑ひに紛らしてしまひ、結局、山陰雜煮なるものを私達の家庭に紹介しやふと云ふのである。

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