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TORENDIA

褐色の求道

本文約7,000字 ・ 読了時間 約15分

あらすじ(AIが作成しました)

ベルリン遊学中の「私」は、郊外フロウナウにある仏陀寺を訪れる。そこで「私」は、生活苦と虚無感に疲弊し、宗教に救いを求める独逸人の青年ベックリンに出会う。彼は寺で礼拝を繰り返す中で心の平穏を求めるが、一方で恋人の女優との生活も抱える。「私」は彼にヘルマン・ヘッセの著作を勧めるが、青年は石碑の前で合掌することに静寂を見出す。本作は、異郷の地で仏教の形式を通じ、実存の不安とささやかな幸福を模索する人々の姿を綴る。

岡本かの子

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🎧 褐色の求道 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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独逸に在る唯一の仏教の寺だという仏陀寺へ私は伯林遊学中三度訪ねた。一九三一年の事である。

寺は伯林から汽車で一時間ほどで行けるフロウナウという町に在った。噂ほどにもない小さな建物で、町外れの人家の中に在った。流石に其処だけは自然に土盛りが高くなっていて、多少の景勝の地は占めている。その隆起の峯続きを利用して寺の主堂、廊、翼堂と建て亘したのであった。門は直ぐ道路のペーヴメントに沿うて建てられてあったから、この入口から寺の玄関まで、およそ愛宕山の三分の一ほどの登り坂になるわけである。

大げさに言えば此処の宗祖――とも言うべき寺のあるじのダルケ氏は、もう歿して居ないのである。あとを預って居るダルケ氏の妹で中年の普通の独逸女が案内して廻って著書などを売る。その管理の女に様子を訊いたり、買った著書を少し繰って見たりしたけれども、此の寺の創立者に到底本筋の仏教の知識や心験があったようには思われない。例の印度から直接独逸に取入れられた原始経典にいささか触れるところがあり、それに西洋人得意の独断を交えて自己満足の宗教を考え溜めたものらしい。もっともこの宗祖には師匠に当るやはり独逸人の老人がいたのだが、犬に噛まれたのが元で死んでしまったという話を聴かされた。宗祖には他に弟子も無いのだからダルケの宗門は断絶し、今はこの寺だけが遺身にのこっているわけである。少し離れて建っている斎戒沐浴のため使ったという浴堂のまわりに木の葉が佗しく掃き積っていた。

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