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TORENDIA

非暴力

本文約4,200字 ・ 読了時間 約9分

あらすじ(AIが作成しました)

非暴力の理念を論じる。自身を傷つける相手にも悪意を抱かず、幸福を願い、忍耐し続ける純粋な愛こそが完全なる状態であり、全人類が目指すべき法則であると説く。また、政治運動における非暴力の姿勢についても言及し、復讐を排除し、相手に対しても友好的な信頼関係を築く必要性を主張する。武力に頼らず、愛情と忍耐をもって平和的な自治の実現を目指す精神的な指針を論理的に展開し、その実践的困難さと必要性を提示する。

エム・ケー・ガンヂー

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🎧 非暴力 / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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人が非暴力であると主張する時、彼は自分を傷けた人に對して腹を立てない筈だ。彼はその人が危害を受けることを望まない。彼はその人の幸福を願ふ。彼はその人を罵詈しない。彼はその人の肉體を傷けない。彼は惡を行ふ者の加ふるすべての害惡を耐忍ぶであらう。かくして非暴力は完全に無害である。完全な非暴力は、すべての生物に對して全然惡意を有たぬことだ。だから、それは人間以下の生物をも愛撫し、有害な蟲類や動物までも除外しない。それ等の生物は、吾々の破壞的性癖を滿足させるように作られてゐるのではない。若し吾々が造物主の心を知ることさへ出來たならば、吾々は造物主が彼等を創造した意義を發見するだらう。故に、非暴力はその積極的形式に於ては、すべての生物に對する善意である。それは純粹の愛である。私が印度經の諸聖典や、バイブルや、コーランの中に讀むところのそれだ。

非暴力は完全なる状態だ。それは全人類が自然に無意識に動いて行く目標である。人は無辜の人間となることが出來ても、神にはなれない。ただその場合彼は眞の人間になるだけだ。現在の状態では、吾々は半人半獸である、然るに、吾々は無智傲慢にも、人類の目的を完全に果してゐると誇稱し、暴力に答ふるに暴力を以てし、それがために必要な憤怒の度合を増大する。吾々は復讐が人類の法則であることを信ずるかのやうに裝うてゐるが、どの經典にも復讐が義務であるとは書いてゐない。ただそれは許容さるべきものだとなつてゐるだけだ。義務的なのは抑制である。復讐は念入りに調整する必要があるところの我儘である。抑制は人間の法則だ。何となれば最高の完成は、最高の抑制がなくては達せられないからだ。從つて、受難は人類の徽章である。

目標はいつでも吾々から逃げて行く。進歩が大きければ大きいほど、吾々の無價値の認識も深くなる。滿足は目的の達成にあるのではなく、努力の中にあるのだ。十分なる努力は十分なる勝利だ。

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