幕末維新懐古談
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あらすじ(AIが作成しました)
彫刻家高村光雲は、自身の窮状を深く案じた化粧品本舗の主人平尾賛平から、家持ちになるための多大な支援を受ける。四ヶ所の候補地から、かつて見学して気に入っていた茅葺屋根の邸宅を選び、林町へ転居する。この地で制作した『老猿』は、シカゴ万国博覧会へ出品されて欧米人の注目を集めることとなる。本書は、光雲がこの住宅購入に至る平尾との交流や、制作の背景にある自身の生活、当時の彫刻事情を回顧して綴る。
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ここでまた話が八重になりますが、……その頃馬喰町の小町水の本舗の主人に平尾賛平氏という人がありました。
今日の平尾家はその頃よりも一層盛大で、今の当主は二代であるが、先代の賛平氏時代も相当な資産家で化粧品をやっていました。この平尾氏が、どういう心持であったか、私のことを大変心配をしてくれているということであった。私の方ではさっぱりそういうことは知りませんでしたが、私とは関係の浅からぬ後藤貞行君を通じて右の趣を承知したのであった。
後藤君のいうには、
「平尾さんが、あなたのことを大変気に掛けていられる。娘を亡くして気を落としたりしたあげく、残暑の酷しい中の野天で、強い仕事をしたりして暮らしていてはさぞ大変なことだろう。それに、もう、あの人も相当年輩、世間的の地位も立派にあるのに、今日といえども、まだ微々たる借家住居をしているようでは気の毒だ。あの分では何時までたっても自分の家持ちになることは出来まい。どうかまず家持ちにして上げたい。何事も居所が確かり定まってのことだから……とこういってあなたのことを心配していられます。平尾さんの気では一日も早くあなたに一軒の家を持たせたいという望みなのですよ。あなたはどう思いますか。一つ考えて見て下さい」
ということ。しかし、まだその頃は、私も平尾氏の噂こそは後藤君からちっとは聞いているようなものの、まだ一面識もないことで、先方がどういう気でそういうことをいっておられるのか見当も附かず……多分、私が永年の間に多少とも貯蓄などをしていて、いくらか土台が出来ているだろうからその上へ幾分のたし前でもして補助して、そうして一軒の家持ちにでもして上げたいというような心持か、御好意は忝いが、今日まで何事も自力一方でやって来た自分、まあ、自分は自分の力をたよりにするにしくはないと、別に乗る気もなしそのままになっていました。
すると、また後藤君が見え、