TRENDIA CLASSIC

幕末維新懐古談

高村光雲

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さて、谷中(茶屋町)時代になって俄に弟子が殖えました。

これは私がもはや浪人しておらんからで、東京美術学校へ奉職して、どうやら米櫃には心配がなくなったからであります。そこで私はこの際奮発して出来得る限り弟子の養成に取り掛かろうと思いました。それに私の名が、ずっと社会的に現われて参って時々新聞などに私の作品の評判なども紹介される処から、地方にも名が謳われるようになって来ていました。

谷中に来て第一に弟子にしてくれといって訪ねて来た人は米原雲海氏でありました。

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