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TORENDIA

出版の今昔

本文約11,000字 ・ 読了時間 約23分

あらすじ(AIが作成しました)

日本の出版文化の歴史は仏教の伝播や経典の刊行と密接に関わり、長らく寺院や僧侶が主導していた。その後、文禄の役で朝鮮から活字がもたらされたことで出版界に転機が訪れる。本書は、勅版、官版、諸侯版、豪族版、寺院版、私版の六類に大別して出版の変遷を辿り、近世の娯楽書の流行や、明治以降に民間の有力書肆が大規模な辞典編纂を担うまでに至った発展の様子を、文化史的観点から綴る。

市島春城

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版書版本は文化の生んだ華で、昔は或る階級の外見ることが出來なかつたものである。この華の咲かない前の吾等の遠い祖先などは夢にも版本を知らずに墓に入つた。出版が出來てからも地方のものなどは全く知らなかつた時代もある。今は婦女小兒の娯樂用に澤山の繪本があるが、或る時代には貴族の家でも、お伽草子は筆寫のものであつた。平安朝には既に版書が行はれた頃だが、版書は幾んど寺院の摺經に限られてゐた。源氏物語を書いた紫式部などは、石山寺で版經は見たでもあらうが、己れの筆作に係る大部の小説が、後世版刻されようなどとは夢にも期さなかつたであらうと想像されるが、出版が盛んになつた後の世には、幾十囘もこれが板に刻されて教科書ともなり、その注釋、その評論、その拔萃等の末書が幾百に及んでをることを式部を地下に起して見せたらどんなに驚くことであらうか。

書物が如何に文化に大切であつても、それが衆庶の眼に觸れないでは、文化に餘り裨益する所がない。出版はその傳播の方便であることは、ラヂオが思想の傳播機關であると同樣で、出版を知らない國土には文化は無いとも言ひ得るのである。隨つて日本の出版の歴史は取りも直さず日本の文化史である。その歴史は複雜であるから、簡單に語ることは困難だが、日本の出版は佛教宣傳より其因を發し、その發達も佛教の隆盛に伴ひ、出版の歴史は佛教の歴史と常に纒綿し、長い間出版と云へば佛教の經典に幾んど限られたものであつた。往々佛書以外の書物即ち外典が出版されたけれども、それは佛書出版の餘波に過ぎなかつた時代もある。

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