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TORENDIA

鹿野山

本文約4,500字 ・ 読了時間 約10分

あらすじ(AIが作成しました)

大正二年の夏、大町桂月が上総の鹿野山を訪れ、その体験を綴る随筆。聖徳太子草創と伝わる神野寺の風情や、山頂から望む東京湾、関東十三州の壮大な眺望を紹介する。また、山中で出会った人々との交流や、校舎での演説、帰路の山村で見聞した出来事を記す。古くからの伝説が残る鬼涙山や、山中に独り暮らす老人の姿を交えながら、鹿野山が持つ独特の風景と静寂な別天地としての魅力を鮮やかに描写する。

大町桂月

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🎧 鹿野山 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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一 鹿野山二十咏

大正二年の夏、上總の鹿野山に遊びて、鹿野山二十詠を作る。これ歌に非ず、三十一文字の案内記也。

一  八尾八作八峯八つ塚大杉の森の中なる大伽藍哉

二  上總にて第一と聞く大寺の由來は古し聖徳太子

三  本堂の後ろの箱にとぐろ卷く大蛇は左甚五郎の作

四  山頂の平地ぞ世には類ひなき西は上町ひがし下町

五  山頂の東の端ぞ珍らしき九十九谷の日の出月の出

六  山頂の西の端なる鳥居崎十三州は脚下にして

七  富士筑波箱根日光關東の名山すべて一目にぞ見る

八  大海の彼方に見ゆる烟突の烟ぞ花の都なりける

九  欄干にもたれて見るも面白や東京灣の出船入船

一〇 白鳥の社に落つる涙かな日本武尊の昔おもへば

一一 その昔暴威ふるひし阿久留王首は討たれて殘る胴坂

一二 神野寺を南に下る十餘町山腹ゆすり落つる大瀧

一三 幾千代の昔は波も寄せにけむ鹿野の山の崖の貝殼

一四 西春日東白鳥中藥師これぞ鹿野の山の三つ峯

一五 西佐貫東市宿北草牛南湊は山の入口

一六 臺ノ畑高く聳ゆる招魂碑面する方は皇城にして

一七 清澄も鋸山も富山も總房の山みな見ゆるなり

一八 鬼どもが敗れて泣きし跡と聞く鹿野つゞきの鬼涙山哉

一九 盂蘭盆の夜ぞ面白き少女子がサンチヨコ節を歌ひ囃して

二〇 神木に棲みぬる烏數百羽打連れ歸る入相の鐘

二 神野寺

聞く、深山の平地は、禪を修するに適すとて、弘法大師は高野山を開けりとかや。天下に山は多けれども、山頂に平地あるは、關西にては、ひとり高野山あるのみ。關東にては、ひとり鹿野山あるのみ。品川灣頭に出でて見よ。海の彼方に見ゆる山の中にて最も大いに、最も高きが、即ち鹿野山也。直徑十三里もあるべし。鹿野山上より東京の方を望むに、深川の諸烟突より出づる數十百條の烟うす黒く見ゆ。其中に唯一つ一抹の白烟の帝都の空に搖曳せるあり。雲か、雲に非ず。波か、波に非ず。之を土地の人に問ふに、皆知らず。一學生あり。曰く、これ淺野セメント會社の烟突より出づる石灰抹の飛散せるなり。東京に居りては見えざれど、羽田にゆけば見ゆるなりと。

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