仏蘭西現代の詩壇に最も幽暗典雅の風格を示す彼の「夢と影との詩人」アンリイ・ド・レニエエは、近世的都市の喧騒から逃れて路易大王が覇業の跡なるヴェルサイユの旧苑にさまよい、『噴水の都』La Cit des Eaux と題する一巻の詩集を著した。その序詩の末段に、
Qu'importe! ce n'est pas ta splendeur et ta gloire
Que visitent mes pas et que veulent mes yeux ;
Et je ne monte pas les marches de l'histoire.
Au devant du Hros qui survit en tes Dieux.
Il suffit que tes eaux gales et sans fte
Reposent dans leur ordre et tranquillit,
Sans que demeure rien en leur noble dfaite
De ce qui fut jadis un spectacle enchant.
わが歩みヴェルサイユを訪ひわが眼ヴェルサイユを観んと欲するは
そが壮麗と光栄のためならず。
数知れぬ神となされて路易大王はなほも世にあり。然れば
われ何ぞ史伝の階段を極め昇るに及ばんや。
荒廃のいとも気高き眺めの中には、
美しき昔のさまの影もあはれや、
遊楽後を絶ちて唯だ変りなきその池水のみ、
昔の秩序と静寧の中に息ひたるこそ嬉しけれ。
という句がある。
自分が頻に芝山内の霊廟を崇拝して止まないのも全くこの心に等しい。しかしレニエエは既に世界の大詩人である。彼と我と、その思想その詩才においては、いうまでもなく天地雲泥の相違があろう。しかし同じく生れて詩人となるやその滅びたる芸術を回顧する美的感奮の真情に至っては、さして多くの差別があろうとも思われぬ。