吾妻橋
本文約6,400字 ・ 読了時間 約13分
あらすじ(AIが作成しました)
吾妻橋の袂で夜毎に客引きをする道子は、小岩でのかつての馴染み客と再会し、連れだって近くの旅館へ入る。戦災で家族を失い、売笑で生計を立てる孤独な彼女は、かつて仕送りで支えた亡き母の墓がないことを知り、石碑を建立することを決意する。孝心を抱く道子が、過酷な現実の中で夜の街に立ち続ける姿を描く。
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一
毎夜吾妻橋の橋だもとに佇立み、往来の人の袖を引いて遊びを勧める闇の女は、梅雨もあけて、あたりがいよいよ夏らしくなるにつれて、次第に多くなり、今ではどうやら十人近くにもなっているらしい。女達は毎夜のことなので、互にその名もその年齢もその住む処も知り合っている。
一同から道ちゃんとか道子さんとか呼ばれている円顔の目のぱっちりした中肉中丈の女がある。去年の夏頃からこの稼場に姿を見せ初め、川風の身に浸む秋も早く過ぎ、手袋した手先も凍るような冬になっても毎夜休まずに出て来るので、今では女供の中でも一番古顔になっている。
いつも黒い地色のスカートに、襟のあたりに少しばかりレースの飾をつけた白いシャツ。口紅だけは少し濃くしているが、白粉はつけているのか居ないのか分らぬほどの薄化粧なので、公園の映画を見に来る堅気の若い女達よりも、却ってジミなくらい。橋の欄干のさして明からぬ火影には近くの商店に働いている女でなければ、真面目な女事務員としか見えないくらい、巧にその身の上を隠している。そのため年齢も二十二、三には見られるので、真の年はそれより二ツ三ツは取っているかも知れない。
道子は橋の欄干に身をよせると共に、真暗な公園の後に聳えている松屋の建物の屋根や窓を色取る燈火を見上げる眼を、すぐ様橋の下の桟橋から河面の方へ移した。河面は対岸の空に輝く朝日ビールの広告の灯と、東武電車の鉄橋の上を絶えず往復する電車の燈影に照され、貸ボートを漕ぐ若い男女の姿のみならず、流れて行く芥の中に西瓜の皮や古下駄の浮いているのまでがよく見分けられる。