冬の情緒
本文約1,700字 ・ 読了時間 約4分
あらすじ(AIが作成しました)
冬の季節が人間に抱かせる蕭条たる孤独感と、焚火を囲み母の懐を恋うような原始的な情緒を論じる。近代化により冬は享楽の対象となったが、人間の本能には先祖から受け継がれた哀愁が刻まれていると説く。さらに西洋の詩人や与謝蕪村を例に挙げ、冬の句や詩に宿る普遍的な抒情性、すなわち魂の郷愁を誘う「俳味」の本質を考察する。
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冬といふ季節は、蕭条とした自然の中にをののいてゐる、人間の果敢ない孤独さを思はせる。我々の遠い先祖は、冬の来る前に穴を掘り、熊や狐やの獣と共に、小さくかじかまつて生きたへて居た。そこには食物も餌物もなく、鈍暗とした空の下で、自然は氷にとざされて居た。死と。眠りと。永遠の沈黙と。――
おそろしい冬に於て、何よりも人々は火を愛した。人間の先祖たちは、自然の脅威にをののきながら、焚火の前に集つて居た。火が赤々と燃えて来る時、人々の身体は暖まり、自然に眠りが催してきた。そのうとうとした、まどろみ心地の夢の中で、だれも皆人々は、母の懐中に抱かれて居た、幼なき時の記憶を思ひ、なつかしい子守唄を思ふのだつた。さうした母の懐中こそは、自然のあらゆる脅威の中から、孤独な幼ない彼等を保護してくれ、冬に於ける焚火のやうに、ぬくぬくと心地よく、彼等を夢心地に暖めてくれるのだつた。
文明の進歩につれて、人々は自然の脅威を征服して来た。不断の満たされた食事と、立派な暖房装置の家を持ち、外出に自動車を有する近代人は、あの蕭条とした自然の中にをののいている原始の恐怖を、もはや全く意識の表象から忘れてしまつた。アスハルトの道路と、コンクリートの建築と、人工暖房装置の中に住んでる近代の人々にとつて、おそらく冬は季節の最も楽しい享楽期であらう。そこにはクリスマスがあり、夜会があり、観劇があり、打ち続く歓楽のプログラムがある。しかしながら尚、人間は永遠に先祖の記憶を遺伝して居る。すべて原始にあつた如く、今日の人間も尚、冬に於けるあの「先祖の情緒」を記憶して居り、本能の奥深い隅に於て、決して抜くことができないのである。