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TORENDIA

ヒルベルト訪問記

本文約2,900字 ・ 読了時間 約6分

あらすじ(AIが作成しました)

ドイツの数学者ダフィット・ヒルベルトを訪ねた著者による訪問記。七十歳の老数学者が不治の病と戦いながら、なお数学基礎論の追求や人類の進歩について語る様子を綴る。また、形式論への情熱に燃えつつも若手助手との温度差に苦悩する姿や、日常の奇妙な逸話を通して、偉大な学者の人間味あふれる素顔を描写する。

高木貞治

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S―君.

……………

晩の7時15分少し前から Wilhelm Weber 町29番地の前の歩道を僕は行きつ戻りつしていました.星の見えたのは近日珍らしいが,秋風が冷こくなってリンデの落葉が二ひら三ひら散らばっているなどは誂向きの道具立です.

其処で僕は或る Frulein と rendez-vous があったのです.フロイラインというのは Prof. Dr. Emmy Noether 女史です!

ヒルベルト先生を訪問するのに,僕一人では話が途切れたときに困るだろうというて,親切なNさんが同行してくれる約束なのです.

Wilhelm Weber 町29番地.H先生のお宅も随分久しいものですねェ.昔ながらのささやかな――あれは「柴折戸」としておきたい.それから広くもないあの「前栽」.それはしかしながら三十年間に木立が茂って,李だか梨だか,暗くて分らないが,丁度季節ではあり,定めて老先生夫婦の食卓を賑わせていることでしょう.玄関は矢張り暗いが,勝手を知ったNさんは殆ど案内を乞わないで,「来ましたよ」の科白と取次ぎに出た女中とを跡に残して,さっさと例の客間へ僕を導きました.電話で言ってあったのでしょう,「承知していましたよ.よく来てくれたねエ」と言いつつH先生は直ぐ出て来られました.今年丁度七十歳のH先生は血色もよく,昔ながらの童顔に微笑を湛えていられます.四五年前に先生は難治の重病で,病名はラテン語で何とやら,聞いても忘れましたが肝臓の故障らしい,一時は殆ど絶望の状態に陥られました頃,丁度アメリカで新薬が発見されて,其の為に一命を取り留めたということです.しかし,その薬だけでは効験不確だから,毎日生肝を四半斤ずつ食っておられるそうです.それでも不治の病だから,若しもこの療法を中止するならば,生命は週を以って数うべきだというのです.これは君も既に御承知でしたね.唯々療法の効験が現われて,今年チューリヒのコングレスへ出掛けるほどの元気が出たのです.

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