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TORENDIA

回顧と展望

本文約9,900字 ・ 読了時間 約20分

あらすじ(AIが作成しました)

数学者である著者が、自身の学問的経歴と日本数学界の将来を語る講演を収める。明治から大正、昭和へと至る学生時代やドイツ留学での経験を振り返り、数学者との交流や当時の研究環境を綴る。また、世界大戦により外国からの文献輸入が途絶した困難な状況下で、自ら研究を切り拓く重要性を説く。欧米の数学者から日本の若手研究者へ寄せられた期待を踏まえ、日本数学界の今後の発展に大いなる展望を見出す。

高木貞治

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回顧は老人の追想談になるのが普通で,それは通例不確かなものであることが世間の定評であるようであります.それは当然不確かになるべきものだと考えられます.遭遇というか閲歴というか,つまり現在の事だって本当には分らない.それは当然主観的である.しかも過去は一たび去って永久に消滅してしまう.そうしてそれを回想する主観そのものも年とともに易って行くのであるから,まあ大して当てになるものではない.これは一般にそうだろうが,今私の場合は確かにそうなのだから,むしろ始めから,自己中心に,主観的に,過去を回顧すると,明言して置くのが安全であろう.

大学(東京帝国大学)へ私が学生として来たのは1894年――日清戦争が起った明治27年である.西暦のこの数字は,後に引合に出るから,序でに言って置きますが,それから十年後,すなわち1904年には日露戦争,それから又十年後の1914年には第一次世界大戦が夫々起ったので,非常に記憶し易い数字であるが,とにかく1894年に田舎から東京へ出てまいった.その頃の数学教室の先生は,菊池大麓先生と藤沢利喜太郎先生の御二人であった.当時何を教わったか,古い記憶を辿って見ると,先ず微分積分それから解析幾何学.これは当然だが,次で二年になると,Durege の楕円函数論というものをやったものである.これは古い本だから,諸君は知らないだろうが,まあヤコービの楕円函数論を書いたもの,つまり Fundamenta Nova の平易な解説といったものである.函数論の出来る前の楕円函数論で,随分時代離れのものだが,多分これは,私の想像なんだけれども,ずっと明治の初期に,ケンブリッヂ辺りから,そういうシステムが輸入されたのではないか――と思われる.それから,サルモンの代数曲線論,例の略記法か何かで,我々はそれが射影幾何学であることを知らずに習った訳なのだ.

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