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TORENDIA

俳諧師

本文約83,200字 ・ 読了時間 約167分

あらすじ(AIが作成しました)

伊予尋常中学校を卒業した塀和三蔵は、文学の道を志して京都へ向かう。本来は小説家を目指していたものの、行く先々で俳句の才能を認められ、周囲から俳諧師として推重されるようになる。複雑な心情を抱えながらも、俳句会への参加や旧友との交流を通じ、三蔵は次第に俳諧の世界へ深く関わっていく。本作は、文学への情熱と現実の狭間で揺れ動く青年の精神的な遍歴と、その周囲で繰り広げられる人間模様を克明に描く。

高濱虚子

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一

明治二十四年三月塀和三藏は伊豫尋常中學校を卒業した。三藏は四年級迄忠實な學校科目の勉強家で試驗の成績に第一位を占める事が唯一の希望であつた。それがどういふものか此一年程前より試驗前の勉強は一切止めた。この卒業試驗前は近松の世話淨瑠璃を讀破した。試驗の答案は誰より早く出して殘つた時間は控室で早稻田文學と柵草紙の沒理想論を反覆して精讀した。

三藏の父は竹刀を提げて中國九州を武者修行につて廢藩後も道場を開いて子弟を教育したといふ武骨一片の老人で、三藏はその老後の子であつたに拘らず家庭の教育は非常に嚴格であつた。「三藏炭取を持つて來い」といふ聲にも「やつ」と竹刀を握つて立合つた時の氣魄が籠つてゐるので、三藏は覺えず言下に「はい」と蹶起せねばならぬやうになる。「三藏此手紙を高木へ持つて行てくれぬか」といふ聲はゆつたりしてゐるが、三藏は其手紙を受取るや否や下駄を突掛けて駈け出さねばならぬほど其聲に威嚴がある。さうして其謹嚴な半面には又他愛も無い愛情がある。三藏が中學校に這入つた後迄も、外出して歸つた父の袂からは紙にくるんだ煎餠位のお土産が出ぬ事は稀であつた。父が亡くなつてからも同じく嚴肅な兄の膝下に保管されて、さうして際限も無い老母の愛に甘やかされた。三藏は人に對して極めて柔順で素直で氣が弱くつて、さうして何處か我儘で敗嫌で、虚榮心の強い性質に育て上げられた。

兄は「金儲けには醫者がいゝよ、醫者にならぬか」と勸めた。三四年前或寺を借りて毎月演説會をした仲間は「君は政治家になる筈では無かつたのか」といつた。三藏は醫者は思ひもよらぬ、金なんか儲けなくつてもよいと思つた。政治家は初めその花やかな點が心を牽いたが、後になつて「雪中梅」や「佳人の奇遇」で想像してゐたのとは違つてゐる事がわかつて來て政治家も面白くないと思つた。かくて三藏は文學者と決心した。文學は束縛の少ない自由の天地である上に又政治についで花やかな天地である事も三藏の心を牽いた一つの原因であつた。

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