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TORENDIA

質屋の小僧

本文約5,900字 ・ 読了時間 約12分

あらすじ(AIが作成しました)

貧乏な生活を送る筆者は、質屋の番頭である宗吉と長年にわたり親しく交流する。ある日、文学を志す宗吉から手紙が届き、筆者は彼の訪問を受ける。宗吉は自身の書いた原稿を披露するが、筆者は現実から乖離した内容を批判し、日常の経験をありのままに書くよう助言する。しかし、宗吉は自分が書いたものに筆者自身の姿を登場させていることを明かす。かつての質屋の小僧が文学青年へと成長し、再会するまでの経緯と変化を綴る。

宇野浩二

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🎧 質屋の小僧 / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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私がどんなに質屋の世話になつたかといふ事は、これまで、小説に、随筆に、既にしばしば書いたことである。だが、私だとても、あの暖簾を単独でくぐるやうになる迄には、余程の決心を要した。私が友人を介して質屋の世話になり始めてから、友人なしに私一人でそこの敷居をまたぐやうになつた迄には、少なくとも二年の月日がかかつた。

それは私が二十四歳の秋の末のことであつた。その秋の初の頃、私の出世を待ち兼ねて、私の母が長い間居候をしてゐた大和の知合の家に別れを告げて私を便つて上京して来たのであるが、当時私はただ一文の収入の方法も知らなかつたのであるが、仕様がないので、取敢ず本郷区西片町に小さな借家を見つけて、母と二人で暮しはじめた。さうして私は中学校の国語、漢文、英語等の教科書の註釈本の仕事をしてゐる人に頼んで、その下仕事をさしてもらふやうになつた事まではよかつたのであるが、幾ら私が精出しても、その人が報酬をくれないのである。いや、あの原稿は大分誤謬が多いので、私が今訂正中だとか、いや、本屋の主人が今旅行中で留守だとか、いや、昨日までの本屋は失敗して夜逃げしたとか、――それで、私は三ヶ月の間に、一度金十円もらつたことがある切りだつた。当時私の母は五十歳であつたが、五十年の間に彼女はその時私たちが陥つたやうな貧乏な境涯の経験は初めてであつたに違ひない。彼女は月末の言訳に困る時、少女の泣顔のやうな表情をした。が、私にして見ると、全然あてがない訳ではなかつたから、もう三日、もう五日と彼女に約束するのであるが、註釈本の親方が一向その約束を守らないので、しぜん母が勘定取に対する約束も間違つて来るのである。彼女は、「もう国の方から為替を出したといつて来たんですが、まだ参りませんので、もう今日にも届くだらうと思ひますから、」などといふ、私が教へた口実にも、直ぐに窮してしまつて、茶の間の隅で小鳥のやうに震へてゐた。実際、あの頃の、玄関の明くベルの音に対する恐怖は、その後長い間私の記憶に止まつて、どんなベルの音にも、私は聞く度にはツとしたものである。恐らく彼女もさうであつたに違ひない。

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