海豹と雲
本文約24,200字 ・ 読了時間 約49分
あらすじ(AIが作成しました)
詩人北原白秋が、昭和四年までの八年間の詩作を収めた詩集である。日本古神道の精神や古代の感情のリズムを近代に再造し、言霊の力による古代神の復活を試みる。また、月光や花鳥、日常風景の中に近代の幽玄を模索し、自身の詩境を追求する。詩の表現における気息の流露と音の重要性を掲げ、至純な技巧を目指して推敲を重ねた言葉を綴る。
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序
風格高うして貴く、気韻清明にして、初めて徹る。虚にして満ち、実にしてまた空しきを以て、詩を専に幻術の秘義となすであらう。
鳥のる、ただに尋常の行であらうか。海豹の水に遊ぶ、誰かまた険難の業とのみ判じよう。雲は太古にして若く、波は近う飜つて、かへつて帰する際涯を知らない。
詩は我が生来の道である。その表現の玄微に好んで骨を鏤る。畢竟は我がふたつなき楽みを我と楽むのである。ただ志して未だ風韻の神に到らず、境涯整はずして、また未だ苦吟の傷痕を脱し得ざるを恥づる。
望んであまりに遼遠なるが故に、深く頭を垂れるのである。
昭和四年 立秋 白秋 [#改丁]
[#ページの左右中央]
古代新頌
[#改ページ]
水上
水上は思ふべきかな。
苔清水湧きしたたり、
日の光透きしたたり、
橿、馬酔木、枝さし蔽ひ、
鏡葉の湯津真椿の真洞なす
水上は思ふべきかな。
水上は思ふべきかな。
山の気の神処の澄み、
岩が根の言問ひ止み、
かいかがむ荒素膚の
荒魂の神魂び、神つどへる
水上は思ふべきかな。
水上は思ふべきかな。
雲、狭霧、立ちはばかり、
丹の雉子立ちはばかり、
白き猪の横伏し喘ぎ、
毛の荒物のことごとに道塞ぎ寝る
水上は思ふべきかな。
水上は思ふべきかな。
清清に湧きしたたり、
いやさやに透きしたたり、
神ながら神寂び古る
うづの、をを、うづの幣帛の緒の鎮もる
水上は思ふべきかな。
水上は思ふべきかな。
青水沫とよたぎち、
うろくづの堰かれたぎち、
たまきはる命の渦の
渦巻の湯津石村をとどろき揺る
水上は思ふべきかな。
独神
天地の初発の時、
かぎりなく虚しき時、
独神、成り坐しにけり。
萠え騰る葦牙の
鮮緑の神よ。こをろ。
国稚く、浮脂なす、
海月なす漂へる時、
独神、ひと柱のみ。
萠え騰る葦牙の
鮮緑の神よ。こをろ。
万象無し、光すら、
影すらも、頼む影、
独神、ただ幽かにて。
萠え騰る葦牙の
鮮緑の神よ。こをろ。
窮みなし、常久に、
窮みなし、文もなし、
独神、御身隠します。
萠え騰る葦牙の
鮮緑の神よ。こをろ。
昼もなし、夜もなし、
寒しとも、暑しとも、まだ、
独神、ただ徹ります。
萠え騰る葦牙の
鮮緑の神よ。こをろ。
言問
岩が根に言問はむ、
いにしへもかかりしやと。
苔水のしみいづる
かそけさ、このしたたり。