つゆのあとさき
本文約74,500字 ・ 読了時間 約149分
あらすじ(AIが作成しました)
銀座のカフェで働く女給の君江は、自身の身辺で起こる不穏な出来事や新聞記事に疑念を抱き、易者を訪ねて占いをしてもらう。かつて世話になった川島という人物が自身の住まいを訪ねてきた夜、酒を酌み交わした後に君江は眠りに落ちる。目覚めると川島の姿はなく、彼が死を選ぼうとしていることを告げる手紙が残されていた。本作は、流転する生活を送る女給の日常と、周囲の人間が抱える破滅的な心理を冷徹な視点で描く。
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一
女給の君江は午後三時からその日は銀座通のカッフェーへ出ればよいので、市ヶ谷本村町の貸間からぶらぶら堀端を歩み見附外から乗った乗合自動車を日比谷で下りた。そして鉄道線路のガードを前にして、場末の町へでも行ったような飲食店の旗ばかりが目につく横町へ曲り、貸事務所の硝子窓に周易判断金亀堂という金文字を掲げた売卜者をたずねた。
去年の暮あたりから、君江は再三気味のわるい事に出遇っていたからである。同じカッフェーの女給二、三人と歌舞伎座へ行った帰り、シールのコートから揃いの大島の羽織と小袖から長襦袢まで通して袂の先を切られたのが始まりで、その次には真珠入り本鼈甲のさし櫛をどこで抜かれたのか、知らぬ間に抜かれていたことがある。掏摸の仕業だと思えばそれまでの事であるが、またどうやら意趣ある者の悪戯ではないかという気がしたのは、その後猫の子の死んだのが貸間の押入に投入れてあった事である。君江はこの年月随分みだらな生活はして来たものの、しかしそれほど人から怨を受けるような悪いことをした覚えは、どう考えて見てもない。初めは唯不思議だとばかり、さして気にも留めなかったが、ついこの頃、『街巷新聞』といって、重に銀座辺の飲食店やカッフェーの女の噂をかく余り性の好くない小新聞に、君江が今日まで誰も知ろうはずがないと思っていた事が出ていたので、どうやら急に気味がわるくなって、人に勧められるがまま、まず卜占をみてもらおうと思ったのである。