好日の記
本文約3,600字 ・ 読了時間 約8分
あらすじ(AIが作成しました)
横須賀に住む禁酒中の男は、うららかな天気に誘われて湘南電車で横浜へ向かう。車中で東京へ行こうと思い立ち、乗越を試みたところ、車掌から不正乗車の疑いをかけられる。キセル乗りの手口を知らないまま、車掌室で執拗な尋問を受け、身体検査を要求される事態に陥る。しかし、全裸になることへの興奮さえ覚える男の様子に車掌たちが困惑し、最終的に不問のまま解放される。男はそのまま再び電車に乗り込み、横須賀へ引き返す。
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一
わたしは昨今横須賀に住んでゐるので、映画などを見たいときは湘南電車で、横浜へ出かけるのであつた。ながい間の酒の習慣を、止むなく禁じなければならない健康状態から、恰度この一年ばかりの間、あちこちの田舎に移り住んで、夕暮時のてれ臭さとたゝかひつゞけてゐたわけだつたが、さう軍艦や飛行機ばかりにうつゝを抜かしても居られず、そんな健康的な軍港に移つても、灯のつく時刻になると、手もなく身柄を持ちあつかつた。こんな心持は馬鹿々々しいと申せば、それぎりだが、ある種の飲酒常習者には容易く心底から同感出来るであらう――この歎きこそ、正しく知る人ぞ知るに相違ない。
その日は、朝からうらうらとした長閑な日和で――さうさう、わたしの田舎の遊んでばかり居るある友達で、ひとの顔さへ見れば、何かしら理由をつけて、例へば、つまり、女房が癪にさはつたから――とか、友達にだまされて口惜しいから――とか、あまり金がなくつてムシヤクシヤしてしまつたから――とかと、少々落語の主人公泌みるはなしであるが、ほんたうにそんな風に、何かしら理窟をつけて飲まずには居ない男だつた。ところが或る日、わたしと出遇ふと、何う彼があたまをひねつても、癪にさはることも、悲しいことも、嬉しいことも――何んな類ひの理由も見出せなかつたある長閑な一日、彼はひどくてれて(さういふ男に限つて、白面だと無性に内気に似た無口であるものだ、そしてわたしもやゝその種族であるが――)眼を白黒させてゐたが、やがて、
「いや、どうも……けふは、あんまり好い天気だから、まあ、ともかく、一杯やらうぢやないか!」
と理窟をつけたのである。わたしも、その時には思はず笑ひ出して、賛成したものだつたが、その彼の言葉は妙にいつまでも、はつきりと残つてゐて、あまり好い天気に出会ふときつと、それを思ひ出して苦笑を誘はれるのであつた。