TRENDIA CLASSIC

ゆめの話

室生犀星

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むかし加賀百万石の城下に、長町という武士町がありました。樹が屋敷をつつんで昼でもうす暗い寂しい町です。そこに浅井多門という武士がありました。ある晩のこと、友だちのところで遊んで遅く川岸づたいに帰って来ましたが、いまとは異ってそのころは武士町の高窓に灯がうっすりと漏れているだけで、道路の上はただうるしのような闇になっているのです。多門は川の瀬の音に迫る晩秋の淋しさを感じていましたが、それよりも先刻から眼の前の暗さに浮いて、ひとりの若い女が歩いているのを、ふしぎに思いながら矢張り黙って眺めながら歩いていました。いまごろ若い女が一人で歩くなどということはおかしな事だと考え、あるいは何かあやしいものではないかとも思い、うしろから静かに声をかけて見たのでした。

「いまごろ、どちらへ行かれるかな、おなごの身での。」

が、その声がすると、女はきゅうに此方を向いて、びっくりしたような顔貌で、いままでよりかずっと早足で歩き出したのです。あやしいものでないのなら何かの返辞くらいするだろうと思ったのに、あてが外れ、こいつ、あやしいなという考えがよけいに多門の頭脳に残りました。多門はしかしもう一度声をかけて見ました。

「長町三番丁はどうまいるのか、教えてくれ。」

が、女はそのときこんどは明らかな逃足になり、川岸を左へ曲り、暗い椎の木のある筑土の角へ曲ろうとしました、そこは多門の屋敷のある小路だから、多門はいそいでその女の肩さきへ手をかけ、ちからを込め、ぐいと止めようとしました。

「お待ち――」

そう言ったが、女は低い、しかし何か動物的な、鋭いこえで、

「いいえ。」

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