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TORENDIA

香爐を盗む

本文約20,000字 ・ 読了時間 約40分

あらすじ(AIが作成しました)

彫り物を仕事とする男と、共に暮らす女の危うい関係を描く。女は男のいない隙に物音へ過剰に反応し、日に日に痩せ衰えていく。男はそんな女の姿を直視することを避け、外に心を寄せている。ある夜、家に戻った男は香爐の蓋を持ち帰るが、それを巡って女は突如として異様な狂乱を見せる。疑心と不安に囚われ、精神の均衡を崩していく女と、それに恐怖と困惑を抱く男との緊張感に満ちた日常を冷徹な筆致で克明に描き出す。

室生犀星

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男が出かけようとすると、何時の間にか女が音もなく玄関に立っていて、茶色の帽子をさし出した。男はそれを手にとると格子をあけて出て行った。女はしばらくぼんやり立っていたが、間もなく長火鉢のところにぐったりと坐って、いつまでも動かないでいた。それは女のくせで、いつも男が出て行ったあとは考え込んで、すっかり陰気になって、なにも手のつかない一二時間をぼんやりして送るのが常である。そして考えつかれるとやっと縫物をはじめるのだ。海苔のような布片を杓るようにして、暗い糸を通したりしていた。そういう一時間が経つと、かの女はまた上目をしながら神経深くなって、何か繊かい感情の上のことや、茶碗のふちが、少しばかり欠けたことや、男の出掛けぎわに故意と視線を外らしたことや、口へまで出てわざと黙った素振りをしたことなどが、つぎからつぎと考えられた。その考えにふければふけるほど、しぜん仕事が留守になってしまって、あけた障子のそとのあかりを茫然と上目をしながらながめるのであった。

実際、女は日に日に瘠せおとろえていたのである、あごの尖ったのや、ほっそりと顔全体が毎日鉋をかけたように剥がれてゆくのや、病的に沈みきって蒼みをもった皮膚が、きみの悪いほど艶を失って、喉のあたりまで白く冷たく流れこんでいるのや、それらは永く正視できないほど憂鬱に凝り上っているものに見えた。一つには彼女が物音を極端におそれたり、一つ事を永く考え込んだりする性質からきているのである。たとえば男の室に、男のいないときに不思議に起る咳の音や、畳ずれのすることや、何か小言をいうらしいけはいなどが、よく空耳を襲うて彼の女をぎっくりさせるのであった。かの女はそのほっそりした弱弱しい顔をあげ、じっと耳をすまして、男の室におこる物音をしかも男のいない日に殆ど癖のようになって聞くのであるが、そういうとき彼女は真青になっておのずから顫えるような気がするのであった。

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