一
母親に脚気があるので母乳はいっさい飲まさぬことにした。脂肪の多い妻は生ぬるい白い乳をしぼっては、張ってくると肩が凝ってならないと言って、陶物にしぼり込んでは棄てていた。少しくらいなら飲ませてもよいと云う樋口さんの説ではあったが、私はそれに反対し、妻もそれに同意した。脚気症の母乳はよく赤児の脳を犯すことや、その取り返しのつかない将来のことを思うと、絶対にやってはならないことだった。「あなた方がそんなお考えなら勿論やらない方がいいんです。あとあとのことを考えると良くないから。」医者の樋口さんも毎時ものように強情な私を知っているため賛成したのである。
「こんなに張っているのを飲まされないなんて……すこしくらいなら関わないんじゃないでしょうか。」
母親は、寛い胸から乳房を掴み出し、柔らかいぽとぽと音を立てて陶物に滴れる乳を見ながら、口惜しそうに云った。
私はあくまでもそれを叱りつけ、看護婦会で周旋をしてくれる筈の乳母の来るのを待った。口入屋が千葉のもので、その千葉から口入屋のおやじと乳母とその母親とが、今日明日のうちに上京してくるということだったが、返電さえも来ないので、牴牾かしかった。
「素性の知れないものの乳を遣るのは、どんなものでしょう。それに病気なぞあったりすると、牛乳で育てるより却って悪くならないでしょうか。」
「よく医者にからだを診て貰ったらいい。医者がよいと言えばいい。」
そう話しているうちにも、朝と昼と、そして晩には、女中の夏と、世話をしてやっている平林とが交る交る貰い乳をしに、動坂まで行かなければならなかった。そのたんびに平林に、乳を呉れる女の人のことを、私は気に病んでは尋ねた。
「子供が三人も四人もごろごろしていて二間きりの家です。けれども乳はたくさん出るらしいんです。」
「こちらから行くと厭な顔をしないか。」
「厭な顔なぞしません。」
「三度に一度くらいでも、晩方なぞ忙しいときに……。」
私の気もちを知っている平林は、「そんな事は無い」と言った。そして、