TORENDIA
ひとりすまう
織田作之助
🎧 まだ音声版はありません
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
1 / 30
奇妙なことは、最初その女を見た時、ぼくは、ああこの女は身投げするに違いないと思い込んで了ったことなのだ、――と彼は語り出した。彼が二十一歳の時の話という。
――その女を見たのは、南紀白浜温泉の夜更けの海岸だった。その頃京都高等学校の生徒であったぼくは肺患の療養のためその温泉地に滞在していた。恐らく病気のためだったろうが、その頃は毎夜の様に不眠に苦しめられていて、その晩も、夜更けてから宿を抜け出ると、海岸の砂浜に打ち揚げられた漁船の艫に腰を掛けて、何となく海を見ていた。白良浜という名があるほどで、その砂浜の砂の白さは実に美しい鮮やかさで、月の夜など、月光を浴びた砂浜は、まるで雪が降ったかの様で、不気味なほどの白さだが、その夜も確か、五月の満月に近い夜だった。砂浜は吐き出す莨の煙よりも白く、海は恐しいほど黒い色をしていた。人影は無かった。静寂の音が耳の奥で激しく鳴っている様だった。海では、五つ六つの漁船の灯がじっと位置を動かなかった。潮の香が強く、もう初夏であったから、風は冷いというより、熱にほてったぼくの皮膚に快かった。というのは初めの内のことで、夜露に当ったのか、次第に皮膚が冷たくなり、急に、ぞっと寒気がした。それで、もう帰えろうと思ったが、宿に帰えっても仲々寝つかれないことが分っているので、腰を上げる気はしなかった。といって、帰えらぬ訳には行かぬ。いつ迄も夜更けの浜でじっとしている気もなかったのだが、腰を上げるという簡単な動作の弾みがつかない、そんな状態だった。
織田作之助の他の作品
TORENDIA
道
織田作之助
道
織田作之助
TORENDIA
可能性の文学
織田作之助
可能性の文学
織田作之助
TORENDIA
勧善懲悪
織田作之助
勧善懲悪
織田作之助
TORENDIA
昨日・今日・明
日
織田作之助
昨日・今日・明日
織田作之助
TORENDIA
髪
織田作之助
髪
織田作之助
TORENDIA
郷愁
織田作之助
郷愁
織田作之助
TORENDIA
神経
織田作之助
神経
織田作之助
TORENDIA
中毒
織田作之助
中毒
織田作之助
TORENDIA
道なき道
織田作之助
道なき道
織田作之助
TORENDIA
天衣無縫
織田作之助
天衣無縫
織田作之助
TORENDIA
雪の夜
織田作之助
雪の夜
織田作之助
TORENDIA
それでも私は行
く
織田作之助
それでも私は行く
織田作之助
同じジャンルの朗読つきの本
TORENDIA
ある自殺者の手
記
モオパッサン
ある自殺者の手記
モオパッサン ・ 約14分
TORENDIA
南北アルプス通
説
木暮理太郎
南北アルプス通説
木暮理太郎 ・ 約14分
TORENDIA
『地球盗難』の
作者の言葉
海野十三
『地球盗難』の作者の言葉
海野十三 ・ 約13分
TORENDIA
孔子と管仲
狩野直喜
孔子と管仲
狩野直喜 ・ 約17分
TORENDIA
赤いえり巻き
小川未明
赤いえり巻き
小川未明 ・ 約9分
TORENDIA
てかてか頭の話
小川未明
てかてか頭の話
小川未明 ・ 約6分
TORENDIA
片恋
芥川龍之介
片恋
芥川龍之介 ・ 約12分
TORENDIA
字余りの和歌俳
句
正岡子規
字余りの和歌俳句
正岡子規 ・ 約4分