TRENDIA CLASSIC

蜜のあわれ

室生犀星

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一、あたいは殺されない

「おじさま、お早うございます。」

「あ、お早う、好いご機嫌らしいね。」

「こんなよいお天気なのに、誰だって機嫌好くしていなきゃ悪いわ、おじさまも、さばさばしたお顔でいらっしゃる。」

「こんなに朝早くやって来て、またおねだりかね。どうも、あやしいな。」

「ううん、いや、ちがう。」

「じゃ何だ。言ってご覧。」

「あのね、このあいだね。あの、」

「うん。」

「このあいだね、小説の雑誌巻頭にあたいの絵をおかきになったでしょう。」

「あ、画いたよ、一疋いる金魚の絵をかいた。それがどうしたの。」

「あれね、とてもお上手だったわ、眼なんかぴちぴちしていて、とてもね。本物にそっくりだったわ。」

「頼まれて生れてはじめて絵というものを画いて見たんだよ。本当は絵だか何だか判らないがね。」

「あたいにも、そのうち一枚画いていただきたいわ。」

「絵は画こうとしたって却々、画けるものではないよ。君から見ると似ているかどうかね。」

「よく似ていたわ、それでね、あれから後に、一週間程してから、雑誌社からお礼のお金が書留で着いたでしょう。」

「これも生れてはじめて画料というものを貰ったのだが、それがどうかしたかね。」

「どれだけいただきになったの。」

「文章が一枚半ついていてね、合わせて一万円貰った。」

「おじさまはそれをわたくしにね、正直に仰有らなかったわね。幾ら来たってこともね。」

「金魚にお金の話をしたって、どうにもならないじゃないの。」

「だって、あれ、ほんとうは、あたいのお金じゃないこと、あたいをお画きになったんだもん、あたいにくださるとばかり、そうおもっていたわ。」

「何だか僕もそんな気がしないでも、なかったんだけど、」

「でね、おじさま、それについてね。」

「あ、」

「もうお金、だいぶ、おつかいになった?」

「半分つかったけれど、まだある。」

「何に半分、おつかいになったの。」

「千五百円の玉露を百目買ったし、雉子羽根のはたきを一本と、赤玉チーズを一個買った、……」

「あたいには、とうとう、何も買ってくださらなかったわね。」

「君なんかのことは、まるで、わすれていた。」

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