名園の落水
本文約3,700字 ・ 読了時間 約8分
あらすじ(AIが作成しました)
金沢の本多邸を訪れた語り手は、荒れ果てつつも古色蒼然とした庭園の景観や、立聞き用の覗き穴が備わった屋敷の意匠を見学する。その後、兼六公園へ足を運び、夕顔亭で耳にする静かな落水の音や、曲水の流れ、管理の行き届かない公園の各所を散策し、悠久の時間を過ごす様子を綴る。本書は、自然と人工の調和が崩れつつある名園を巡り、衰退ゆえの美と風情を見出す散策の記録である。
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曇つた十月の或る日。
いつか見て置きたいと思つてゐた前田の家老であつた本多さんの庭を見に行つた。誰かに紹介をして貰ふつもりだつたが、それよりも直接にお庭拝見といふふうに名刺を通じた。五万石を禄してゐた本多家はいまは男爵である。幸ひ取次ぎが出て来て、大変荒れて居りますが御案内いたしませうと言つて先きに立つてくれた。
門番の壁のところに玄徳槍が二本と樫の六尺棒が、埃まみれにむかしのままに立てかけてあつた。近ごろ経費を縮め手入れをしないので荒れてゐるからと取次ぎが言つた。奥庭へ廻ると雨つづきの、たつぷりした池の水が曇つた明るみをうかべ、不意にわたしどもが庭へ出たのに驚いたのか、灰いろをした大きな鳥が古い椎の木の茂みからふうはりと舞つて池の上をななめに淡淡しく掠めた。五位鷺だなと思つた。池の向うは松と椎と楓とで暗くじめじめと繁つてゐた。老俳友の南圃さんが何日か金沢の庭のなかできじの啼くのは、本多さんのお庭だけだ、一度見ておきたまへと言つたことを思ひ出した。そのきじの啼くだけをことさらにわたしにすいせんした南圃さんの心はすぐわたしに入りかねたが、このごろになつて古色蒼然の悠大を知つたわたしは南圃さんのその心もちを会得して、成程なあ南圃さんくらゐの年になれば古色蒼然の悠大をひとりでに解るのだと思つた。兼六公園にさへきじの声は聞かれなかつた。しかも本多家はいま此の屋敷に住んでゐないので、池の捌け口のさらさら流れるあたりにも、芝生や苔のある樹の下にも落葉だらけであつた。右手寄りの池の椎の暗みを土塀へ通じて藪があつた。その青い竹の肌だけが仄白い土塀をうしろにして、葉や枝を椎の茂みに覆はれてゐる姿が風雅だつた。
「あの藪から池のうしろへ廻れますか?」
「このとほり打つちやつてありますから、それに露でたいへんでせう。」