顔
本文約880字 ・ 読了時間 約2分
あらすじ(AIが作成しました)
つややかな髪の下にある、ひもじそうな男の顔。なぜその表情が刻まれているのかを紐解く。男の両親の境遇や性格、特にお母さんを真似て育った幼少期の記憶に思いを馳せながら、気味の悪ささえ漂うその顔立ちの由来と、笑うことも泣くこともない異様な相貌の謎を追う。李箱が、ある男の顔を通じ、遺伝や環境が生み出す人間の性行と表情の不可解な関係を独白的な文体で綴る。
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ひもじい顔を見る。
つや/\した髪のけのしたになぜひもじい顔はあるか。
あの男はどこから来たか。
あの男はどこから来たか。
あの男のお母さんの顔は醜いに違ひないけれどもあの男のお父さんの顔は美しいに違ひないと云ふのはあの男のお父さんは元元金持だつたのをあの男のお母さんをもらつてから急に貧乏になつたに違ひないと思はれるからであるが本当に子供と云ふものはお父さんよりもお母さんによく似ていると云ふことは何も顔のことではなく性行のことであるがあの男の顔を見るとあの男は生れてから一体笑つたことがあるのかと思はれる位気味の悪い顔であることから云つてあの男は生れてから一度も笑つたことがなかつたばかりでなく泣いたこともなかつた様に思はれるからもつともつと気味の悪い顔であるのは即ちあの男はあの男のお母さんの顔ばかり見て育つたものだからさうであるはづだと思つてもあの男のお父さんは笑つたりしたことには違ひないはづであるのに一体子供と云ふものはよくなんでもまねる性質があるにもかゝはらずあの男がすこしも笑ふことを知らない様な顔ばかりしてゐるのから見るとあの男のお父さんは海外に放浪してあの男が一人前のあの男になつてもそれでもまだまだ帰つて来なかつたに違ひないと思はれるから又それぢやあの男のお母さんは一体どうしてその日その日を食つて来たかと云ふことが問題になることは勿論だが何はとれもあれあの男のお母さんはひもじかつたに違ひないからひもじい顔をしたに違ひないが可愛い一人のせがれのことだからあの男だけはなんとかしてでもひもじくない様にして育て上げたに違ひないけれども何しろ子供と云ふものはお母さんを一番頼りにしてゐるからお母さんの顔ばかりを見てあれが本当にあたりまへの顔だなと思ひこんでしまつてお母さんの顔ばかりを一生懸命にまねたに違ひないのでそれが今は口に金歯を入れた身分と時分とになつてももうどうすることも出来ない程固まつてしまつているのではないかと思はれるのは無理もないことだがそれにしてもつやつやした髪のけのしたになぜあの気味の悪いひもじい顔はあるか。
一九三一、八、一五
完