ザボンの実る木のもとに
本文約3,700字 ・ 読了時間 約8分
あらすじ(AIが作成しました)
幼いふぢ子と親しく交流する語り手は、彼女の無邪気な言動や姿に深い愛おしさを感じ、時にその存在を文学作品の登場人物になぞらえて慈しむ。鹿児島へ帰郷する彼女との別れを惜しみ、再会を約束して指切りを交わす二人であったが、やがて彼女の訃報が届く。本作は、逝去した少女への追憶と、彼女が残した言葉や情景を胸に抱きながら日々を過ごす語り手の心情を綴り、彼女のために書いた詩の一節を収める。
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女の童に就いて。
女の童に就いて私はいつも限りない愛しい心の立ち帰ることを感じます。
女の童についておもひ出すことは大きな新緑のかたまりのやうなあたらしさであります。
女の童といろいろな無邪気なものがたりなぞをして遊んだあとは、音楽会から帰つたあとのやうな優しいものを感じます。
女の童は私どもの左の手が自然にその垂り髪を撫でるに都合のよい三尺から四尺の童をよろしとします。
いつも遊び友達を離れてゐるやうな女の童に詩に見るやうなさびしい瞳を持つた子がをります。
山の手あたりの日ぐれ時なぞに通りすがりに色白な女の童の、なにか知らひとりであそんでゐるのを見ます。非常に鮮かな美しさを感じます。それを生んだものがつくづく人間であることがふしぎに思はれます。
女の童については美しい菓子をたべるやうな心で眺められるのであります。
日曜の朝なぞは女の子らはよくうたを歌ひます。それが知らないよその子であつても日曜の午前らしいすがすがしい気分をあたへられます。
ネルのきものを着る季節は女の子のいちばん匂ひのするときであります。
二本の素足が冷たさうに涼しく見えます。それが新緑頃のしめつた土に浮いて見えます。
ふぢ子はよい子でありました。晴れた春あさい日によく大学通りを一緒に散歩をしました。軒なみにつづいてゐる古本屋を一軒一軒素見して宗教物ばかりをあつめてゐたころで、中中よみたいものが見つからなかつたのです。
「なぜ買はないの。」
しまひにふぢ子はこんなことを言ひました。
「あなたはいつもちやんとお坐りしてるのね。え、いつでもよお母さん。こんなにしてお机に向つてゐるわ。」
ふぢ子は母親の前で私がいつも坐つて読んだり書いたりしてゐる真似をしました。
ふぢ子は頸のほそい皮膚のよわい子でありました。その頸のほそいのがいかにも貴族的な香気をあたへました。