TRENDIA CLASSIC

永井荷風

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小庭を走る落葉の響、障子をゆする風の音。

私は冬の書斎の午過ぎ。幾年か昔に恋人とわかれた秋の野の夕暮を思出すような薄暗い光の窓に、ひとり淋しく火鉢にもたれてツルゲネーフの伝記を読んでいた。

ツルゲネーフはまだ物心もつかぬ子供の時分に、樹木のおそろしく生茂った父が屋敷の庭をさまよって、或る夏の夕方に、雑草の多い古池のほとりで、蛇と蛙の痛しく噛み合っている有様を見て、善悪の判断さえつかない幼心に、早くも神の慈悲心を疑った……と読んで行く中に、私は何時となく理由なく、私の生れた小石川金富町の父が屋敷の、おそろしい古庭のさまを思い浮べた。もう三十年の昔、小日向水道町に水道の水が、露草の間を野川の如くに流れていた時分の事である。

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