明るい顔
本文約960字 ・ 読了時間 約2分
あらすじ(AIが作成しました)
活動写真館でコーリン・ムーアの明るい笑顔を見た男は、空腹を抱え、街灯が灯る夜の街を彷徨う。彼にとってその快活な顔は、自身をぼんやりとさせ、不可解な悲しみを呼び起こす存在であった。洋服屋の人形や喫茶店の大鏡にまで女優の姿が重なり、現実と虚構が混濁する中で、男は空腹と精神的な混乱を抱えながら、独りコーリン・ムーアの幻影を追い求めていく様を描く。
💰 この本を応援する(投げ銭)
なぜあんなに明るい顔をしてるんだらう。街角にあいた活動写真館の馬蹄をぬけ出ると、腹がへつて夕暮れで、何故スクリーンはああもはつきり映つて、ありあり生きてゐるのであらう。コーリン・ムーアの明るい顔は太平洋の青海を遠く、アメリカで笑つて、跳んで、メリケン語をしやべくつてそれから、のべつにキスをするんだらうか。
快活な顔はぼくをぼんやりさせて快活な横顔はかうもぼくを悲しませるものなのであらうか。立並んだ街燈がへんにはつきり灯つて、ぼんぼりのやうに浮いてきて、浮いてきてひもじい僕のからだを両側から迎へてくれる。
ねえ君、明るい顔はなぜかう僕を悲しませるだらう 流れてくる青年たちに、僕はいちいち聞いてみたいのだが、彼等はまたチヤップリンの笑顔を見せて、キートンの横顔を見せて、ぼんやりとそつぽを向いて、めいめいに明るい顔を抱いて、たとへば恋人の顔を持つて行くんだらう。
そして僕のからだのなかではすつかり、心臓だの肺臓だの肝臓だの、そんな様な色々めんどうなカラクリはみんな、消えてしまつて、残つたのはたつたひとつ、何もはひつてない胃袋がちようど、霧のなかからひとつひとつ出てくる街燈のやうに僕のからだのなかに灯つて、それはコーリン・ムーアの明るい顔とそつくりの形だらう?額にはおかつぱの髪を垂れて例の眼玉をくりるくりる、かと思ふとくるッくるッ。
とうとう洋服屋の飾窓にきて、ぼくは硝子の中の人形にきくのである。
ねえ君、君もコーリン・ムーアの顔がすきだね。きつと、大好きだらう?
大好きですとも。コーリン・ムーアの顔は大好きですとも。それにしてもあなた、僕のきてゐるこの背広は如何です。ね、ひとつうちに注文して下さいよ。