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TORENDIA

坂道

本文約4,100字 ・ 読了時間 約9分

あらすじ(AIが作成しました)

専門学校生の草野金太郎は春休みを終え、故郷から東京へ向かうまでの時間、自転車で町を巡る。長い坂道を下る際、ブレーキの利かない自転車の速度を制御できず、自ら転倒して回避した。その後、汽車に乗った金太郎は、同じ坂で別の人物が同様の状況で事故に遭ったことを偶然耳にする。自分と見知らぬ犠牲者の運命を分けたわずかな違いに直面し、現実というものの危うさと、その重みを理解できず困惑する青年を描く。

新美南吉

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🎧 坂道 / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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東京のさる專門學校の生徒である草野金太郎は、春休みで故郷の町に歸省してゐたが、春休みも終つたので、あと二時間もするとまた一人で東京にたつのである。

荷物はまとめて驛に出してしまひ、まだ明るいけれど夕飯も風呂もすましてしまつた。これから二時間のあいだ、もう何もすることがない。

忘れてゐることはないかと考へて見るが、萬事手筈は整つてゐる。そこで金太郎は、二時間といふ僅かな時間をもてあましてしまふ。

ぢつと落着いてゐることができない。何故だかわく/\してゐる。かういふことが時々あるのだが、人間は果してこんな時仕合せなのか不仕合せなのか、と金太郎は考へたがそれも解らない。

そこで金太郎は、一つ自轉車で町にでも出て來ようと思つて母に何か用事はないか訊ねると生憎ないさうである。仕方がないので故郷に對して惜別の感慨にふけるといつたやうな目的で自轉車をひつぱり出した。

父が十何年も前に、しかも中古で買つたといふ古風な自轉車である。ハンドルが水牛の角のやうな形をし、ブレーキと荷掛けとチエーンのカバーがない。俗に「ふみきり」といふペタルで、つまり普通の自轉車のやうに、或る程度の惰性がついたらペタルの上で足を休ませてゆくといふことが出來ない。自轉車が走つてゐる限り、ペタルも足も廻つてゐなければならないのである。

金太郎はさて、家の前で身輕にひよいと自轉車にまたがつた。

用事はないのだから、ゆつくりゆつくり行けばよいのだが、町の人に見られると體裁が惡いので、自然何か買物にでもゆくやうな風をして走り出すのである。

さうして走つてゐると彼は何となく胸のときめくのを禁じえない。戀といふ程のことをした經驗のない彼には、この町のどこにもそれとなく見て別れを告げねばならぬやうな少女はゐないのであるが、通りのずつと向うの方に、まだ顏は見えぬけれど着物の色彩で少女と知れる姿が現はれると、自分の愛人ではないかと思つて見たりするのである。

そして金太郎は、更めて自分が專門學校生徒である誇りにうつとりする。

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