忘春詩集
本文約12,300字 ・ 読了時間 約25分
あらすじ(AIが作成しました)
佐藤惣之助へ捧げられた本書は、自身の人生の悲しみや日常の驚きを綴った詩集である。古い文語と形式を用い、家族を亡くした経験や日々の暮らしの中に潜む抒情を詩情豊かに描き出す。忘春と名付けられたこの作品には、十九世紀の香り漂う古い詩の調べと、著者の内省的な心情が収められている。日常のささやかな情景や異国情緒あふれる舞台を通じ、人生という不可思議で美しい物語の断片を抒情詩として静かに編み上げた一冊である。
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佐藤惣之助兄におくる
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忘春詩集序言
この詩集がはしなく忘春と名づけられたのも、今から考へると何となく相応しいやうな気がする。さまざまな大切なものを忘れて来たやうで、さて気がついて振り返つて見ても何ひとつ残つてゐないやうな私には、この忘春といふ美しい織物の裏地をさし覗くやうな文字のひびきからして、しつくりと私の心からゑぐり出したもののやうに思へる。私ばかりではなく誰人でも忘春の心があわただしく胸を衝くことがあるかも知れない。それだのに私は私らしく人一倍にそれを言はうとする迅りかけた心をもつものである。つまり私は私らしくをりをり自分の暮しのなかに何かを拾ひ蒐めようとして、扨て何物をも拾ひ得なかつたかも知れない。あるひは私の拾ひ得たものは瓦と石の砕片で、さうして他に貴重なものがこぼれてゐたと言つた方が適当かも知れないのである。
も一つ私はこの詩集のなかで、自分の子供を亡くしたといふよく有り触れた境致に、さういふ人生の真実に何時の間にかに触れたといふことに、私は始めて驚いたと言つてよいのである。人生といふものは辛酸の続きであるといふより、私にとつて人生は結極美事な驚きをその悲しみより先き立つて囁いたからである。人一倍さういふことに打たれる私には、一切の哀愁よりも先づ私といふ微些な一個の人間が始めてこの世のものに、さうして人生といふものを解りかけたからである。平淡で、その上すこしの波動のない私の暮しの中では、何ものに増して私を驚かせたことは実際である。