末野女
本文約13,800字 ・ 読了時間 約28分
あらすじ(AIが作成しました)
吃る癖を持つ男女が日劇の舞台で吃る男たちを眺め、言葉の不自由さを通じて互いの存在や愛らしさ、人間の業について語り合う。その後、街へ出た二人は大道芸をする男と少女に出会い、二人の関係性を巡って口論となる。警察の追跡から逃れる少女を助け、奇妙な逃避行を垣間見た二人は、他者の生き方に翻弄されながらも自身の関係を見つめ直し、街を後にする。人間の欲望や本質、社会の歪みを鋭く映し出す物語である。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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一人の吃りの男に、道順を尋ねる二人づれの男がゐて、道すぢのことで、三人が烈しく吃り合ひながら、あちらの道を曲るのだとか、こちらの小路からはいつて行くのだとか言つて、ちんぷん、かんぷん言葉が亂れて譯が判らなくなつて了つた。吃りといふものは頭で吃るからだ。吃る人間は燃える發音を消しとめることが出來ない、日劇ミュージクホールの話劇がいま三人の吃りの男が、自分で放けた火を消しとめることで、叫び合つて、そそ、それから、どど、どうして道をまがるんだと遣り返し合つてゐた。
「出ませう、とても、ぢつとしてゐられないわ。」
「君の吃りはあれほど甚い吃りではないんだよ、いま此處に這入つたばかりぢやないか、一たん吃ると急きこむから一層吃りの上に、吃りが重なり合ふんだ。吃る人間は吃らない人間と何時も二人づれにからみ合つてゐるから吃るんだ。吃る時は落ちついて吃るはうがいいんだ。さうやつてゐる君は少しも吃らないでゐられるぢやないか。吃る人間を見物してゐるから君の吃りが三人の男の發音にまぎれ込んでゐる、つまり、これほど君がらくにゐられる事は稀れなのだ。」
「あなたは何時もあたしが吃ると、愉しさうにくすくすなさいます。けれども、あの人達を見てゐるとあたしもここで吃りの復習をしてゐなければならないんです。あの人達の手眞似、足眞似があたしをあそこまで連れてゆかない前に、もうずつと先刻から吃るお稽古をしてゐて、頭は蒼褪め、脇の下に冷たいあせりが汗になつてにじんでまゐります。吃るくせのある人間が吃りのおしばゐを見てゐることは、笑ひながら自分で自分の解決のつかないところにゐるのと同じなんです。」