巷の子
本文約11,600字 ・ 読了時間 約24分
あらすじ(AIが作成しました)
作家の元へ、あるバーの経営者から手紙が届く。作家は返信として句を認めるが、その後彼女の店を訪れるようになる。一方、軽井沢の喫茶店で写真に収められた少女早見さちは、都内のバーで働いていた。十六歳の少年との交流を断った彼女に対し、作家は若さが突き進む速さと、バーという空間に身を置く人々の実情を目の当たりにする。本作は、戦時下の暗い街の空気感の中で交錯する、作家と市井の人々の交流と心理を描く。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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西洋封筒の手紙が一通他の郵便物に混じりこんでゐて、開いて見ると、わたくしはあなたのお作品が好きで大概の物は逃がさずに讀んでゐるが、好きといふことは作者の文章のくせのやうなものに、親身な知己を感じてゐるものらしく、そのくせのやうな所に讀んでまゐりますと、まるめこまれる自分の心の有樣がよく解りまして、そこで讀んでゆく速度をおさへてゐる間が大變に愉しうございます。先をいそいで讀まうとしながら故意とじらせるやうに、少しづつ頁を返してゆくうちあなた樣に手紙を書かなければならないといふ氣が、本の内容の面白さと一しよに連れられて固い決心をさせてまゐりました。わたくしは永い間バーといふものを經營してゐて、いまもお店のかんとくをしながら毎晩皆さんのおつきあひで、亂次のない毎日をおくつてゐる者でございます。だから、晝間はこんなにきちんとしたお手紙が書きたくなるのでせうか。或いはごぞんじかとも思ひますが、至つて小さな帽子を裏返しにしたやうな銀座の裏町に、澤山にあるバーのその一軒なんですけれど、女が一人でくらしてゆくには充分でございます。
この手紙の住所は品川區になつてゐて、住所は明記してあるがバーの所在がわざと書いてなかつた。手紙の筆蹟も上の方であり年齡三十七八、恐らく相當の美貌を持ち、心にも物質にも餘裕があつて作家には初めて手紙を書いて送つたといふこと、バーの名前を書いてないことが禮儀を加味してあることで、無難であつた。大抵、私は返事をかかなければならない場合、女の人には一さい封書はつかはない、誰が讀んでもよいやうに葉書に認めてゐるのである。この返事には即吟一句を書いて送つた。「草摘む子ところも言はで去りにけり」