前書
十年前に金澤にゐて京都の寺を見に出かけようとして、芥川龍之介君に手紙を出してその話をすると、簡單な京案内のやうなものを書いて呉れた。文庫からその手紙を取り出して見ると卷紙一間くらゐに、お土産まで細心に注意して書いてあつた。「京都の宿は三條木屋町上ル中村屋といふ家へとまらるればよからん 家はきたなけれど加茂川叡山の眺めよろし 茶代は一週間十圓か十五圓にてよろし それより下はやつてもそれより上はやるべからず 女中は五圓、これも一人にやれば澤山なり 食事は近所の茶屋のをとつてくれる故上等也 金閣銀閣は是非見給へ、兩閣とも案内人は説明しながらずんずん進めど 遠慮なくゆつくり見物する方得なり 觀覽料に高下あり 高きは薄茶とお菓子が出る 一度はのんで見るも一興ならん 東山より本法寺(?)高臺寺皆一見の價値ありどちらも四條より下なり 粟田口の青蓮院も人は餘り行かぬところなれど襖畫張つけ等もよろしく夜も小ぢんまりとしてよろし 是非見るべし 大徳寺相國寺建仁寺も見て損をせぬ事うけ合なり 博物館にも名高き青磁など見るべきものあり是亦一見を吝む勿れ お茶屋は瓢亭、伊勢長にて足る 西洋料理はへどの如して食ふ可らず北野のまるやのすつぽんも有名なり 是等は皆中村屋より電話をかけさせ給へ 同封の名刺二枚、一枚は中村屋へ、一枚は小林雨郊と云ふ畫家へなり(中略)「みすや」といふ針屋の針「駿河屋」と云ふ菓子屋の羊羹、その外菓子は麥ボオロ、うハろか(イタミ易イ)、豆ねぢなど土産に貰ふとよろこびます。(大正十三年九月十二日)
いかにも澄江堂らしい親切な手紙であるが、その年も都合が惡くて上洛できずに何時の間にか十一年も經つて了つた。手紙の中村屋へ行くにも名刺が失せてゐるので、わざわざ手紙を持つてゆく譯に行かなかつた。