名なし指物語
本文約10,200字 ・ 読了時間 約21分
あらすじ(AIが作成しました)
木ぐつ屋のマタンじいさんは、左手にななし指がありません。ある日、木ぐつ職人を目指す子どもたちにななし指を失った理由を語り始めます。少年時代、貧しい生活を送る少女ジュリーをなぐさめようと、よその家のリンゴを盗もうとして起きた出来事。そして、職人として独立後に直面した誘惑と、夜中に聞こえてきた不思議な声との対話を通して、指を失った過去の記憶が紐解かれます。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
南のほうのあたたかい町に、いつもむっつりと仕事をしている、ひとりの年とった木ぐつ屋がありました。目はぞうのように小さく、しょぼしょぼしていましたが、それにひきかえ、鼻とてのひらが、人一ばい大きく、そのうえぶかっこうでした。
けれど、そのぶかっこうな両手が、なんという、かっこうのよい木ぐつを、つぎつぎとつくったことでありましょう。まるで魔法つかいの両手が、小さな生きものをうみだすように、つくったのでありました。
子どもたちは、いつも店先の日よけの下にしゃがんで、おじいさんの仕事を見ていました。あんまりうまくできあがるので、子どもたちは思わず、ため息をつくこともありました。
けれど、そんなに器用にうごく手でさえも、うっかりして、あやまちをおかしたことがあったのでしょうか。なぜなら、おじいさんの左手には、名なし指がありませんでした。おじいさんがまだ、木ぐつ屋の小僧だったころ、夜おそくまで、いねむりしいしい仕事をしていて、うっかりすべらせたノミの先が、きっと、その指を、とっていってしまったのでしょう。
「マタンじいさん。木ぐつ屋になるのは、むずかしいの。」
木ぐつ屋になりたいけれど、指を落とすのはおそろしいと考えていた、ひとりの子どもが、ある日、こういってたずねました。すると、マタンじいさんは、
「どうして?」
と、ききかえしました。
「おじいさんの名なし指、ノミで切っちゃったんでしょう。」
「うん、これかい。」
と、マタンじいさんは、左手をひろげて見せながらいいました。
「こいつは、ノミで落としたんじゃないよ。」
それを聞いた子どもたちは、今まで、そうだと思いこんでいたことが、まちがっていたとわかって、ふしぎな気持ちにとらわれましたが、それといっしょに、新しい好奇心がわいてきました。
「じゃ、どうしてなくしたの。」
と、さっきの子が熱心にききました。
「ふん。」
マタンじいさんは、口のあたりに、かすかなわらいをうかべながら、名なし指のない大きな手を、二度三度ひろげたり、げんこつにしたりしました。それから子どもたちのほうへ顔をむけて、
「おまえたち、手を出してごらんよ。」
と、いいました。