TRENDIA CLASSIC

野に臥す者

室生犀星

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経之の母御は朝のあいさつを交したあとに、ふしぎそうな面持でいった。

「ゆうべそなたは庭をわたって行かれたように覚えるが。」

「いえ、さようなことはございませぬ。誰かをご覧じましたか。」

それは確かに人かげを見うけ申した。月がなくただ星あかりでしか見えない池の裏手の、萩芒の枯れ叢の間をぬけて行った者がいた。かぶり物をしていたから顔はようは見られなかったがと、母御はそなたではなかったのかといった。

「ではやはり女であったらしい。」

「女とは?」

経之は女とは、御達のうちの誰かであったか、どうかといった。

「それから一刻のあとに寝もやらぬうちに、ふたたび庭をよぎって戻って行く姿を見ましたが、池の径から裏庭へ、つま戸の開く音がしたようにも覚えます。」

「するとそれは女部屋の方から出た者としか覚えませぬが、夜半に女の身で庭に出るとは考えられませぬ。」

「わらわもゆめかとも覚えるが、ひと夜に二度も姿を見うけては、ゆめではあるまい。」

「たしかにつま戸の開く音がいたしましたか。」

経之はつま戸の軋りの固いことは知っていたから、どのように、注意ぶかく開けても、更けた夜半には一応のささやかさであろうとも、音を絶つことはないはずだった。経之自身も、つま戸の軋りは頭の中に覚えがあった。

「二度目は閉まる音もいたしました。あの戸は永い間きしっていてよく音をきき分けることが出来ます。」

「して御達らのようすにかわったこともござりませんでしたか。」

「どの女であるか分らぬが、そちのこころ当りはどう。」

「一向に見当がつきませぬが、よく心得て置きます。」

「よほど大胆な女であろうの。」

「夜の庭をよこぎることはいままでの御達らも、怖がっているくらいゆえ、よほどの決心でもなければ庭わたりは女の身では出来ませぬ。」

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