TRENDIA CLASSIC

青い絨毯

坂口安吾

1 / 12

僕らが「言葉」という飜訳雑誌、それから「青い馬」という同人雑誌をだすことになって、その編輯に用いた部屋は芥川龍之介の書斎であった。というのは、同人の葛巻義敏が芥川の甥で、彼はそのころ二十一、二の若年だったが、芥川死後の整理、全集出版など責任を負うて良くやっており、同人雑誌の出版に就ても僕らの知らないことに通じていて、彼が主としてやってくれたからである。当時は芥川の死後三年目であった。

芥川の家は僕の知る文士の家では最もましな住家だけれども、中流以上の家ではない。和風の小ざっぱりとした家で、とりわけ金をかけたと思われる部分もなく、特に凝った作りもない。僕の知るのは二階二間と離れの書斎二間と座敷二間、それから庭だけ、家族の居間は知らない。日当りの良い家だけれども、なぜか陰気で、死の家とはこんなものかと考え、青年客気のあのころですら、暗さを思うと、足のすすまぬ思いがしたものである。

僕の生れた新潟の家は昔坊主の学校で、だからお寺のような建築であった。おまけに二抱から三抱ぐらいの天然の松林の中にあって、ろくろく日の目を見ることも出来ず、鴉と梟の巣であった。坊主の一人が屋根裏の梁に首をくくって死に、その部分だけ一間ぐらい切りとってある。この屋根裏は女中部屋だが、子供の僕は坊主のお化けが出るなどとおどされながらも梁から梁を渡って歩いて、あの建築に就て一向に暗い印象を持たないのである。

牧野信一の自殺した小田原の家、あの家にも暫く泊っていたことがある。お寺の隣で、前後左右墓地を通りぬけて出入するという家であり、彼が首をくくった子供部屋は三畳ぐらいの板敷きの日当り悪い陰気な部屋だが、一向に「死の家」という感じは残らぬ。

坂口安吾の他の作品