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TORENDIA

純粋に「日本的」な「鏡花世界」

本文約1,400字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

泉鏡花の晩年は文壇の主流から離れていたが、その著作は歴史的な意義と古典的な光彩を帯びている。本書は、他と明確に区別される独特な世界を創造した作家の魅力を綴る。作中に現れる神秘や怪奇の要素は、病的ではなく、本質的に明るく優美で天真爛漫である。また、欧化的風潮の中にあっても、作品が純粋に日本的であり、西洋や中国の借り物ではない郷土的な特色を持つことを論じる。鏡花こそが日本が生んだ比類なき作家であると位置づける。

谷崎潤一郎

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🎧 純粋に「日本的」な「鏡花世界」 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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正直に云つて、晩年の鏡花先生は時代に取り残されたと云ふ感がないではなかつた。先生の如く過去に極めて輝かしい業績を成し遂げた人は、いかなる場合にも心の何処かに晏如たるものがあるから、あまり淋しさうにはしてをられなかつたけれども、老後の先生が久しく文壇の主流から置き去りにされてゐたことは否むべくもない。が、その人が既に故人となつた今、その著作には新たに歴史的な意義と、古典的な光彩とが加はつたと見るべきである。そしてわれ/\は今一度、近松や西鶴の作品を読むのと同じ観点から、此の、明治大正昭和の三代に亙つて生きた偉大な作家の、独得な世界を窺つて見る必要がある。

自分は今「独得」と云ふ言葉を使つたが、事実先生ほど、人に異なる「独得」な世界に遊んだ作家は少い。傑れた藝術家がいづれも顕著なる個性の持主であることは云ふまでもないが、でも先生ほど、はつきり他と区別される世界を創造した作家は、文学史上稀であると云つてよい。たとへば漱石、鴎外、紅葉等の諸作家も、それ/″\互に区別される独得な境地を持つてはゐるが、それらの作家の相互の違ひ方よりも、鏡花とそれらの作家との違ひ方の方が大きい。紅葉と鏡花とは師弟の間柄であるけれども、此の二作家の住する世界は似てゐるやうで甚だ似てゐない。鏡花よりは、寧ろ紫式部とかシユニツツレルとかの方が、ずつと紅葉の近くにゐる。一つには、日本には浪漫派の作家が少いので、鏡花がひとり懸け離れて見えるのでもあるが、独逸のホフマンとかテイークとか云ふやうな人々のものを持つて来ても、矢張似てゐない。兎に角、外国の文学を見渡しても、鏡花は誰にも最も似るところの少い作家の一人である。

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