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TORENDIA

少将滋幹の母

本文約83,200字 ・ 読了時間 約167分

あらすじ(AIが作成しました)

平安時代の好色漢として名高い平中は、実在の人物でありながらその実像は謎に包まれている。本書は、平中と彼が執着した侍従の君との数奇な関係を描きつつ、物語の導入として、成長した滋幹が、山桜の下で尼僧となった実の母と再会し、幼い日の記憶を蘇らせる劇的な場面を綴る。伝説的な好色漢の失敗談と、過酷な運命に翻弄された親子の情愛という二つの軸が交錯し、平安の世の情景が浮かび上がる。

谷崎潤一郎

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その一

此の物語はあの名高い色好みの平中のことから始まる。

源氏物語末摘花の巻の終りの方に、「いといとほしと思して、寄りて御硯の瓶の水に陸奥紙をぬらしてのごひ給へば、平中がやうに色どり添へ給ふな、赤からんはあへなんと戯れ給ふ云々」とある。これは源氏がわざと自分の鼻のあたまへ紅を塗って、いくら拭いても取れないふりをして見せるので、当時十一歳の紫の上が気を揉んで、紙を濡らして手ずから源氏の鼻のあたまを拭いてやろうとする時に、「平中のように墨を塗られたら困りますよ、赤いのはまだ我慢しますが」と、源氏が冗談を云うのである。源氏物語の古い注釈書の一つである河海抄に、昔、平中が或る女のもとへ行って泣く真似をしたが、巧い工合に涙が出ないので、あり合う硯の水指をそっとふところに入れて眼のふちを濡らしたのを、女が心づいて、水指の中へ墨を磨って入れておいた、平中はそうとは知らず、その墨の水で眼を濡らしたので、女が平中に鏡を示して、「われにこそつらさは君が見すれども人にすみつく顔のけしきよ」と詠んだ故事があって、源氏の言葉はそれにもとづく由が記してある。河海抄は此の故事を今昔物語から引用し、「大和物語にも此事あり」と云っているけれども、現存の今昔や大和物語には載っていない。が、源氏にこんな冗談を云わせているのを見ると、此の平中の墨塗りの話は好色漢の失敗談として、既に紫式部の時代に一般に流布していたのであろう。

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