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TORENDIA

師を失いたる吾々

本文約1,500字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

正岡子規の逝去を受け、師を失った門下生が今後どのように文学へ向き合うべきかを綴る。偉大な先導者を失い、道を見失った戸惑いや生前の怠慢を悔いる心情を明かす。自立した作り手となるために、故人の過去の製作や選評を詳細に研究すること、そして哲学や宗教を含む古今の文献を広く読究することを提言する。他者に頼らず自らで松明を作る必要性を説き、門下生としての矜持を保ちながら、今後も製作と批評に従事し続ける決意を表明する。

伊藤左千夫

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🎧 師を失いたる吾々 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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貴墨拝見仕候、新に師を失いたる吾々が今日に処するの心得いかんとの御尋、御念入の御問同憾の至に候、それにつき野生も深く考慮を費したる際なれば、腹臓なく愚存陳じ申べく候

正岡先生の御逝去が吾々のために悲哀の極みなることは申までもなく候えども、その実先生の御命が明治三十五年の九月まで長延び候はほとんど天の賜とも申すべきほどにて、一年か一年半は全く人の予想よりも御長生ありしことと存じ候、しかるを先生御生存中に充分研究すべきことも、多くは怠慢に付し去り、先生の御命もはや長いことはないと口にいいつつ、なおうかうかと千載逢いがたき光陰をいたずらに空過しながら、先生の御逝去を今更のごとく御驚きとは、はなはだ酷なる申条ながらあまり感服致しがたく候、

もちろん先生が十年御長生あり候とて偉人ならざる吾々は、もうこれで先生に捨てられても大丈夫安心じゃと申すようなことは有間敷と存候、いつになっても先生に逝かれた時は必ず狼狽して驚くことは知れて居ることに候、されば今日俄に心細がって狼狽したまう君を咎むるは少々無理かとも存候、驚もせず狼狽もせず平気で、そして先生が晩年いかなる標準をもって『日本』週報の歌を御選みありしかを、あえて考究して居るような風もなく漫然歌を詠みつつあるというごとき、人があるならば吾々のもっとも軽侮すべきことと存じ候、貴兄のごときは大に先生御生前中の怠慢を悔い、今にして覚然眼ざめ御奮励との仰せ同感至極に存じ候、野生等とて先生御生前中決して勉強したとは申難く顧て追考すれば赤面のことのみ多く候、しかしそれは今更後悔致し候とて何の詮も無之候えば、貴兄と同様今後いかに処すべきかを定め、それによって奮励するのほかなく候、

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