閑山
本文約6,900字 ・ 読了時間 約14分
あらすじ(AIが作成しました)
越後魚沼の閑山寺に住む六袋和尚は、窓外から顔をなでた狸の掌に朱筆で花の字を書きつける。後にその狸は団九郎と名乗り、和尚の側近として坐禅や諷経に励むようになった。和尚が入寂した後、団九郎は住持となった弁兆の俗世間的な振る舞いを嫌い、雲水の僧に変じて追放する。自身が住持となり修業に没頭するも、やがて人里離れた草庵に遁世する。その後、荒廃した草庵には狸の眷属による奇妙な光景が現れ、この地には団九郎を悼む花塚が築かれる。
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昔、越後之国魚沼の僻地に、閑山寺の六袋和尚といって近隣に徳望高い老僧があった。
初冬の深更のこと、雪明りを愛ずるまま写経に時を忘れていると、窓外から毛の生えた手を差しのべて顔をなでるものがあった。和尚は朱筆に持ちかえて、その掌に花の字を書きつけ、あとは余念もなく再び写経に没頭した。
明方ちかく、窓外から、頻りに泣き叫ぶ声が起った。やがて先ほどの手を再び差しのべる者があり、声が言うには「和尚さま。誤って有徳の沙門を嬲り、お書きなさいました文字の重さに、帰る道が歩けませぬ。不愍と思い、文字を落して下さりませ」見れば一匹の狸であった。硯の水を筆にしめして、掌の文字を洗ってやると、雪上の蔭間を縫い、闇の奥へ消え去った。
翌晩、坊舎の窓を叩き、訪う声がした。雨戸を開けると、昨夜の狸が手に栂の小枝をたずさえ、それを室内へ投げ入れて、逃げ去った。
その後、夜毎に、季節の木草をたずさえて、窓を訪れる習いとなった。追々昵懇を重ねて心置きなく物を言う間柄となるうちに、独居の和尚の不便を案じて、なにくれと小用に立働くようになり、いつとなくその高風に感じ入って自ら小坊主に姿を変え、側近に仕えることとなった。
この狸は通称を団九郎と言い、眷属では名の知れた一匹であったそうな。ほどなく経文を暗んじて諷経に唱和し、また作法を覚えて朝夜の坐禅に加わり、敢て三十棒を怖れなかった。
六袋和尚は和歌俳諧をよくし、又、折にふれて仏像、菩薩像、羅漢像等を刻んだ。その羅漢像、居士像等には狗狸に類似の面相もあったというが、恐らく偶然の所産であって、団九郎に関係はなかったのだろう。
いつとなく、団九郎も彫像の三昧を知った。木材をさがしもとめ、和尚の熟睡をまって庫裏の一隅に胡座し、鑿を揮いはじめてのちには、雑念を離れ、屡夜の白むのも忘れていたということである。
六袋和尚は六日先んじて己れの死期を予知した。諸般のことを調え、辞世の句もなく、特別の言葉もなく、恰も前栽へ逍遥に立つ人のように入寂した。