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TORENDIA

続銀鼎

本文約11,600字 ・ 読了時間 約24分

あらすじ(AIが作成しました)

汽車の車中で詩人・園は、銀の鍋で亡き女性・衣絵の姿を錬り出し、その幻影と対面する。かつて病に伏した彼女の面影を追う園は、幻影の招くままに田の畔へと誘われる。そこには撫子の花を手にした彼女の姿があり、園は銀の鍋を捧げてその姿を受け入れようとする。やがて幻影は消え去るが、その後も鍋の中には常夏の影が咲き続け、園は亡き人への切ない思慕を募らせる。

泉鏡太郎

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一

不思議なる光景である。

白河はやがて、鳴きしきる蛙の声、――其の蛙の声もさあと響く――とゝもに、さあと鳴る、流の音に分るゝ如く、汽車は恰も雨の大川をあとにして、又一息、暗い陸奥へ沈む。……真夜中に、色沢のわるい、頬の痩せた詩人が一人、目ばかり輝かして熟と視る。

燈も夢を照らすやうな、朦朧とした、車室の床に、其の赤く立ち、颯と青く伏つて、湯気をふいて、ひら/\と燃えるのを凝然と視て居ると、何うも、停車場で銭で買つた饂飩を温め抱くのだとは思はれない。

どう/\と降る中を、がうと山に谺して行く。がらんとした、古びた萠黄の車室である。護摩壇に向つて、髯髪も蓬に、針の如く逆立ち、あばら骨白く、吐く息も黒煙の中に、夜叉羅刹を呼んで、逆法を修する呪詛の僧の挙動には似べくもない、が、我ながら銀の鍋で、ものを煮る、仙人の徒弟ぐらゐには感ずる。詩人も此では、鍛冶屋の職人に宛如だ。が、其の煮る、鋳る、錬りつゝあるは何であらう。没薬、丹、朱、香、玉、砂金の類ではない。蝦蟇の膏でもない。

と思ひつゝ、視つゝ、惑ひつゝ、恁くして錬るのは美人である。

衣絵さんだ!

と思ふと、立つ泡が、雪を震はす白い膚の爛れるやうで。……園は、ぎよつとして、突伏すばかりに火尖を嘗めるが如く吹消した。

疲れたやうに、吻と呼吸して、

「あゝ、飛んでもない、……譬にも虚事にも、衣絵さんを地獄へ落さうとした。」

仮に、もし、此を煮る事、鋳る事、錬る事が、其の極度に到着した時の結晶体が、衣絵さんの姿に成るべき魔術であつても、火に掛けて煮爛らかして何とする! ……

鋳像家の技に、仏は銅を煮るであらう。彫刻師の鑿に、神は木を刻むであらう。が、人、女、あの華繊な、衣絵さんを、詩人の煩悩が煮るのである。

「大変な事をしたぞ。」

園は、今更ながら、瞬時と雖も、心の影が、其の熱に堪へないものゝ如く、不意のあやまちで、怪我をさした人に吃驚するやうに、銀の蓋を、ぱつと取つた。

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