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TORENDIA

第四階級の文学

本文約4,000字 ・ 読了時間 約9分

あらすじ(AIが作成しました)

文学の変遷と、貴族社会から労働者階級へと流れる創作の潮流を論じる。かつて特権階級に育まれた文学は、時代と共に変容し、現代において正義と自由を求めて第四階級へ向かう。筆者は、この新文学が単なる同情や救済を排した反抗と闘争の精神を持つべきだと主張する。自身の力で生存し、社会組織を究める強い意志が必要であると説き、自己の救済を超えて真剣に現実と向き合う美学こそが、新たな人類の再生を促すと展望する。

中野秀人

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🎧 第四階級の文学 / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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文学も効用漸減法に支配されるものである。何と云っても文学を哺むに最も適した土地は貴族社会であった。寝て居て食える社会であった。閑人の社会に文学は生れる。けれども掘り返され掘り返されする内に、此の土地に投ぜられた資本及び労働に対する報酬は減って来た。播かれた種が皆な烏に攫って行かれたり、唐茄子に糸瓜が実ったりして来た。そこで勇敢な人々は第三階級の土地に出掛けて行った。そこでは見慣れぬ珍らしい果実や野菜やらが出来た。今までの沈滞した一律的な文学は、明るい伸々とした世界に出て来た。けれども新らしい文学も旧くならずには居ない。真紅に咲き爛れた椿の花がぼったりと崩れ落ちる様に、咲き遅れたダリヤががっくり前につんのめる様に、むれた風通しの悪い文学はしっかりと根を張った意地の悪い、けれども「力」に満ち満ちた文学に変って来た。第四階級の文学に変って来た。が新しい土地を開拓するには忍耐と勇気とが要る。只上面を眺めて雑草ばかり繁って居るので早くも失望してはならない。無知な無学なプロレタリヤにどんな文学が生れようか、まして日本の労働者と来たら、物質的で飲食と色情と安価な人生観とで固まって居るのだから、堪らないと云う人は、人間の心の小さいいきさつを知り得ない人である。微動する自然の耳語を気付かない人である。そしてまた第四階級の文学は労働者自身によって企てられるものだとは限らない。寧ろ文学が労働服を着るところに意義を見る。同感或は情緒、これこそ一切の文学の核心ではないか。吾々は丹念に仕立上げる花造りの様に気永に待たなければならない。と云って私は決して文学が階級的意識によって成長するものだなどと主張するのではない。そして又此の新文学が、過去一切の文学に卓越したものだなどと思うものではない。只此の新らしい処女地に生え出でんとする文学に対して、多大の希望と喜びを禁じ得ない者である。

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