なぐさめ
本文約6,800字 ・ 読了時間 約14分
あらすじ(AIが作成しました)
戦争で家を失い、孤独な身となった老人・重吉は、敗戦後の荒廃した東京をさまよい歩く。空腹と疲労に耐えながら、かつての知人である藤三郎と再会して酒を酌み交わす重吉は、戦火で行方不明となった孫娘・清子の面影を追い続けていた。食べるものにも事欠く困窮した生活の中で、重吉はかつての平穏な暮らしを回想しつつ、あてのない日々の果てに、ある夜、駅に近い線路のそばで不思議な安らぎの中に身をゆだねていく。
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一
美しい東京の街も、この數ヶ月の激しい變化で根こそぎ變つてしまひ、あの見果てぬ夢のやうな、愛しい都會のいとなみが、もう何も彼もみぢんにくだかれてしまつた。歩いてゐるひとたちは、長い戰爭の苦しかつた殘酷な思ひ出に、若いひとまで表情のどこかに皺をつくつて、苦味と落膽とで呆んやりした姿で歩いてゐる。
戰爭のためにおほかたの家がなくなつたことは勿論だけれども、第一、食べることが極度に苦しくなり、工面をして買へば小さい鰯一つが買へないこともなかつたけれども、そんな鰯が一尾四十錢もすると云ふのでは……全くべらぼうなことになつてしまつた。だけど、いまはもう、あの苦しい戰爭も終つて、穩當な秩序が少しづつ息を吹きかへしてきてゐる。荒涼として都會に家はなかつたけれども、――重吉も家を持たなかつた。淺草で家を燒かれて孫の清子に別れてからはすつかり一人ぽつちになり、靜岡の弟のところへ行つてみたのだけれど、これも子澤山で貧しい生活だつたので、重吉は二週間位してまた東京へ舞ひもどつて來て間もなくの終戰であつた。
家はなかつたけれども重吉は終戰となつた事にほつとするものを感じた。矛盾撞着の葛藤を引きずつたまゝ大きな敗戰の前に、日本といふ樹木はほんたうの神風にあふられてゐるやうに、澤山の哀れな落葉をあたり一面にふりはらつてゐる。一枚の落葉である重吉も呆然とこの時代のなかに生きてゆかなければならないのだ。
四谷の驛の前で重吉は暫く四邊を眺めてゐた。下町と違つて、燒けのこりの一隅がところどころにこんもりと樹木にかこまれてゐる。御所の建物も並木の向うの霧のなかにけぶつてみえた。重吉は家と云ふものを美しいと思つた。まとまつて清潔に建つてゐる家をみると重吉は、人間にとつて家と云ふものは最大の贅澤品だと思はずにはゐられない。あの家の中には女がゐる。私の家だけは燒けなくてよかつたわねと云ひさうな女達が、疎開先きから荷物をとりよせて、幸福げに荷ほどきをしてゐる姿がありありと心に浮んでくる。